地に足について

代表・上水優輝が2024年から続けてきた「公園活動」を軸に、その意義を社会へひらいていくためのプロジェクト・ユニット。2025年11月結成。公園実践者・人類学実践者・企画制作実践者という三つの異なる専門性を持つ三人がひとつの問いを共有しクリエイションを行っている。地面に近いところから人間存在への肯定を積極的に行う作品・行為・空間を提示している。


わたしたちの問い

私たちは普段、自分が何者であるかを証明しながら生きている。職業・肩書き・地位といった役割を通じて他者とつながり、その役割によって社会の中に居場所を確保している。

しかし、それらの役割をすべて取り去ったとき、ただの自分はどこにいられるのか。定年退職、病気、子育ての終了など、何らかの理由で社会的機能を失ったとき、人は自分の存在の拠り所を見失うことがある。これは個人の問題ではなく、人間の価値が役割に付随する機能的な側面を重視して決められてしまっている状況の裏返しである。

私たちはその答えが「存在への肯定」にあると考えている。何も生産せず、何の役にも立たないが、ただそこにいることが許されること。それこそが人間にとって本質的な領域であり、その肯定を与え合うことは人間同士だからこそ可能ではないか。

「地に足」は、この「存在への肯定」を社会やまちの中に出現させる試みである。


プロジェクト「公園する」

公園には、年齢も職業も目的もばらばらな人々が、互いを邪魔せず、序列も義務もなく、同じ場にそれぞれのやり方で存在している。会社には上下関係があり、カフェでは注文する義務があり、図書館では静かにすることが求められる。多くの場所は何らかのルールによって人が果たすべき役割を規定している。公園は、ほとんど何も規定しない。

何をしてもいいし、何もしなくてもいい。それでいて、そこには微かなつながりが生まれる。見知らぬ人と天気の話をしたり、走り回る子どもを一緒に眺めて微笑み合ったりする瞬間に、人は「機能」を介さずに他者と存在を共有している。

私たちは、この状態こそが「公園」の本質だと考えている。

つまり公園を、場所や都市における機能の名称だけではなく、現象の名称として再定義したい。役割も序列も持たない人々が、同じ場にいてただ存在を認め合えるという現象そのものが「公園」である。物理的な公園が都市に配置されていても、この現象が現れないこともあれば、公園と呼ばれない場所でもこの現象が生まれることもある。

ここから、私たちは一つの考えにたどり着いた。公園とは名詞ではなく、動詞なのではないか。公園があるのではなく、「公園する」と表現することで、この現象を的確に捉えられるのではないか。

地に足による「公園する」は、レジャーシートを敷き身体を通して「公園」を立ち上げ、そこで生成する「存在への肯定」つまり「公園している」様子を観察・記録し、作品として発表する一連のフィールドワーク型アートプロジェクトである。


これまでの活動

代表・上水優輝は2024年から、公園にレジャーシートを広げてただそこにいるという「公園活動」を継続してきた。実施回数 135回/参加者延べ 300名(2026年3月時点)。レジャーシートは誰でも参加することができ、特定の目的を持たない、開かれた場である。

初めて会った人同士が職業も肩書きも知らないまま同じシートに座って話をする。ある日は初対面の参加者同士が仕事の悩みや病気のことを語り合い、別の日には恋愛や家庭の話で盛り上がる。参加者がお菓子を持参して即席のピクニックになることもある。誰かが評価したり助言したりするわけでもなく、ただ同じ場で時間を共に過ごしている。

実績


メンバー

上水優輝うえみず ゆうき

代表・公園実践者

「存在としての公園」をコンセプトに活動。社会的肩書きを脱ぎ「ただの人」として在ることを実践。2024年より公園にレジャーシートを敷いて「ただ居る」活動を継続中。

水上優みずかみ ゆう

人類学実践者

国際基督教大学・京都大学大学院にて文化人類学を学ぶ。修士(人間・環境学)。鳥公園「昼の街を歩く」ドラマトゥルク、NEO表現まつりZワークショップ主催など、人類学的視点を芸術プロジェクトに取り入れる実践を続けている。共訳書『ポストヒューマニズムデザイン』(ロン・ワッカリー著)。合同会社メッシュワーク共同創業者。

山里真紀子やまざと まきこ

企画制作実践者

2019年より舞台制作に携わる。アートプロジェクト「シアターコモンズ」や、演劇ユニット「Q」(市原佐都子主宰)にて制作コーディネートに携わる。NPO法人芸術公社、一般社団法人Q所属。