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概要
言葉より存在、議論より体験、意味より感触。存在を認め合うことが先、言葉の中身はずっと後でいい。「美容室のすきばさみが気持ちいい」という小学生の言葉が、政治や社会の議論より、ずっとどっちでもよくなかった。
全文
機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。
全文を読む(約16100字)
3月8日、日曜日の夕方4時11分です。日曜日、公園に今日は来まして、直前まで上水公園を開催していました。今日はこれ、何度なんですかね。結構あったかかったんだけど、4時になるとちょっと寒い。今11度か。風がちょっと冷たいんですよね。ただ空は雲一つない青空で、めっちゃ気持ちいい公園日和という感じでした。いろんな方にもお越しいただいて、楽しく会話をしました。すごくいい気候のもとで穏やかな時間を過ごせて、いい気分です。
今朝メイメイというポッドキャストの収録があったんですけど、朝9時からですね。僕はだいたい朝風呂に入るんですけど、収録に間に合うように風呂から出て準備しようと思ってたんですけど、間に合わなくて。というか、ずっと坊主だったんですよね。2020年ぐらいからかな。最近は定期的に坊主にしたい、髪を伸ばすというか生やしたり、突然繰り返す、そういう周期があって、よし坊主にしようって思い立って、髪があったのに突然坊主になったかと思うと突然伸ばし始めて、でまた突然坊主にするみたいな。何年かサイクルでそういうのが高校生ぐらいからずっと起こってるんですけども、2020年ぐらいからここのところはずっと坊主だったのが、一昨年の12月から髪を伸ばしていて、今、人生で最も髪が長いという状態になってて。
髪を乾かすということですね。もちろん髪がある時、これまでもドライヤーかけてきましたけども、どんどん長くなり続けているという意味では、これまでのドライヤーの感覚ではダメだということなんですけども、まだ体がそれに慣れていないので、坊主の時のタイムスケジュールで風呂を出てしまうことによって、髪を乾かす時間が足りず収録時間を迎えて、タオルを頭に巻いて収録をするという、よく分からない状態になってました。間に合わないというのを経験して初めて、そういえば髪を乾かす時間について考えたことなかったなってことに気づいたっていう、そんな朝でした。
朝一番で風呂に入って、バタバタと出ていくってことがあんまり最近はないし、夜風呂に入って頭を洗うというか、風呂に入ったらもうその後寝るだけだから、ドライヤーに何分かかってるかなんて意識してないですからね。結構パツパツのスケジュールの中で、風呂上がって髪を乾かすみたいなことを。今日は何の話をしてるの。髪の毛乾かすのに時間がカウントされてなかったという、お伝え申し上げます。
今日はゴミ拾い公園収録ということで、ゴミ拾いをしております。代々木公園のね。いつもゴミ拾いは単独でやってたんですけど、この公園の後にそのままゴミを拾うっていうのもいいなっていう。一連にしていくと、やっぱり負荷が全然違いますよね。流れでやれちゃうというか、行動を流れにしたいっていう気持ちがありますね。いろんなことを一個一個毎回、よしやるぞってやってるってやっぱりきついので、毎回そのオンにするのがね。一回動き出したら、これが始まったら次はこれで、これがやったらこの後はこれだみたいな、イフゼンプランニングじゃないですけども、一個一個は自動で次の予定を動かし、予定がまた次の予定を動かすみたいな感じになってくると、何の意思の力も必要なくいろんなことが動いていくので、いいですよね、とっても。
あとこの4時の代々木公園は、いい感じにと言ったらちょっとあれだけど、ゴミ拾いをするという意味ではいい感じにゴミが落ちてますね。お昼食べた後の残骸だったりとかね、そういうものがあったりして。このお弁当の蓋みたいなのが映ってますけど、こういうのとかありますよね。
代々木公園のね、芝生広場、なんだっけこれ、なんていうんだろう、そういう場所があるんですけど、そこはちょっと芝生というよりは草むらって感じなんで、あんまりそこにいることは少ないんですけど、あと人が多いんですよね、芝生エリアは。結構スポーツをしてる人がいるとかね。最近は丘の上広場とイチョウ並木のエリアみたいなのがあって、そこのどっちかにいることが多いですね。時々芝生広場みたいなパターンが多い。これだけ広いと、この公園の中でもいろんな場所で寝転んだりできるんで、いいですよね。アクセスもすごくいいですしね、街のど真ん中にあって。
こんなに気に入ると思ってなかったんですよね。おととし? おととしか、東京で公園活動しますと、出張ベースでね、東京に来たタイミングで公園やりますと。東京の公園のこと分かんないんで、おすすめの公園教えてくださいみたいなのをリスナーさんに呼びかけたら、本当にいろんな公園を勧めていただいて。一個一個下見に行くほど出張だと時間が取れないから、もうやってみるっていう形でやったんですけど、本当にどこも良かったですよね、公園としては。井の頭公園も素敵だったし、新宿中央公園もすごくいいし。
リップクリームか。サンリオのキャラクターだけど名前がわかんない、見たことのあるキャラクターのリップクリームが落ちてますね。なかなか拾いがいのある感じですね。ゴミがちょくちょく落ちてるし、よく来ているこの代々木公園の美化に貢献できていると思うといいですね。ポッドキャストを収録しながら、いつも世話になっている公園の美化活動ができている。これほど貢献感もある活動はない、素晴らしい。いい気分ですね。天気もいいし最高じゃないか。
井の頭公園とか新宿中央公園とか、新宿御苑もそうでしたし、いろんなところにお勧めされて行って、どこも良かったんですけど、代々木公園は結構イメージそんなに良くなくて、行ったこともなかったのに、代々木公園かと思って、結構後回しにしてたんですよね。
で、2024年の秋頃に、秋の公園祭りと題して、その出張はほとんど日中は公園の予定を入れるということで、週4とか週5とかで公園をやったんですよね、いろんな公園を。その時にもう勧められてたけど行ってなかった公園、中野セントラルパークとかいろいろ、皇居もその時行ったのかな、皇居前広場とかいろいろ行って。その時に代々木公園でやったのが多分最初だった気がしますけど、その時はいい公園だなと思ったけど、そこまではまる感じでもなくて、いい公園だなぐらいの感じ。時々代々木公園でやる予定を入れるようになっていたら、いつの間にか代々木公園が拠点みたいになっていきましたね。一番居心地がいいです。
代々木公園っていろんなエリアがあるけど、人と人がそんなに分けられてない感じがしていいっていうか。エリアの特徴として分けられてはいるけど、人の特徴で分けられてない感じがあるっていうかね。新宿中央公園とかはすごく綺麗なんですけど、エリアで人が分けられてる感じ。子供のエリアと、住む人のエリアと、なんとなくこの公園内のこのエリアにはこういう人たちがいるよねみたいな分かれ方をしている感じがありますね。使いやすさっていう意味ではいいんでしょうけど、この公園活動の感じからすると、この代々木公園ぐらい、どのエリアも全世代入り混じってますみたいな感じが合ってる気がしますね。
あと立地ですね。今東京に住んで半年ぐらい経ちますけど、ようやく自分の家からみたいな話になってしまいますけど、距離感みたいなものが分かってきたので。距離感が分かってくるというか、決まってくると、自分の行動範囲としてどうしても行きやすい場所になってしまうと。代々木公園ぐらいまでは全然自転車でも来れるかなっていう距離感なんですけど、新宿中央公園まで行くとプラス10分15分ぐらいかかっちゃうんで、ちょっと遠いなーっていう体感があって、なかなか行けてないなっていう状況ですね。
あとはいろんな公園に行って毎回たくさん人が来るみたいな状況だったら、場所を変えてやってみるっていうのもいいのかなと思ってるんですけど、今はそんなに、1回やっても多くても5、6人とかなので。わざわざいろんな場所を、都内で転々としてやるよりかは、まずは代々木公園が拠点なんだなというふうに思ってもらって。分かりづらいからですね、公園活動ってなんじゃいとかいろいろある中で、公園にいるらしいですね、いついるんですかも分かりづらいし。タイミングが合うなと思ったら、今日は代々木公園じゃないんかい、みたいなことが起こったりすると、点が増えていくとより分かりづらくなっていくので。現状は代々木公園を拠点としながら活動していくと。とにかく気分転換に違うところでやることはあっても、ベース代々木公園をホームグラウンド的に活動していこうかなと思います。
気分転換で他の場所、または芸術祭のなんとかとかね、そういうちょっと特別な時とか、僕は仕事でね、移動しないといけないタイミング、福岡に行くタイミングとかで別の場所、福岡でやるとか京都でやるとか、そういうこともやれたらいいかなっていうような感じで考えてます。
やっぱりこういう体を使った活動っていいですね。ゴミ拾いとかね。自分の体を使って何かしてるなっていう感じがしますね。デスクワークって本当もう、わけわかんない感じになっていきますよね、体が。頭の中だけで、頭と指先だけでいろんなことが動いていくから、体のことが置き去りになってしまって、自分の身体感覚からどんどん離れていく感じがある。こうして公園を1時間ぐらい散歩しよう、ゴミ拾いしようと思ってますけども、歩きながらゴミを拾うっていう時間がね、公園を歩くということを通じて、なんとなく自分の体のことを感じたり、公園のゴミの状況を感じたり、物理世界にもっと意識を向けられるということで、すごくいいなと思っています。
これミッションを持ってゴミ拾うと、たぶんきつくなっちゃうんでしょうね。公園は綺麗であるべきだと思ってますけども、綺麗であらねばならないんだっていう強い信念で思うところでやってると、ゴミ捨ててるやつら、なんなんじゃこの野郎っていう怒りが湧いてきそうなんですけど。もちろんゴミ捨てるなよとは思いますが、怒るほどではないという。ゴミがあるな、拾おうという感じで、結構ニュートラルな感じでやれているのは、使命感というよりはごくごく自然なこととして、ゴミでも拾うかということでやっていると。これは散歩収録でもいいんですけど、ゴミ拾うとやることがあるからちょっと気楽でいいですよね。1時間歩かなきゃなって言うと、1時間ゴミ拾ってよーって感じだから。やることがあると人は安心する、みたいなところちょっとありますよね。
てかこれどこなんだろう。よくわからないエリアにいますね。こんなとこあるってことないか。道路だと人通りが多いから、茂みの中といった木が生えているエリアとかを歩くようにしているんですけども、そうするとよく分からないところに出ちゃいましたね。雰囲気がいいなぁ。どうしたらこの代々木公園に歯間ブラシの、使用済みの歯間ブラシが落ちたりするんですかね。公園で歯間ブラシをするってどういうこと? 公園でレジャーシートを敷いている活動もどうかと思われるかもしれませんけど、公園で歯間ブラシをする活動もどうかと思います。歯間ブラシをしてもいいけど、公園にそのまま捨てるという活動はどうかと思いますけど。
現在地はどこ? サイクリングコースの近くなのか。こっち行くとバードなんちゃらってところがあるみたいですね。僕の予想が正しければ原宿駅方面に向かっている感じかなと思いますが。太陽が眩しいね今日は。日がちょっと落ちかかってきて、めちゃくちゃ眩しい。あっち歩けるな、あっちいいね。あっちいいけどゴミないかな。あー、いい景色ですね本当に。都会のオアシスなんじゃないか、ここ。みんな穏やかに過ごしておりますね。意外とゴミ見ないな。さっきまであったのに。
桜の木の寿命は60年みたいな話を、今日公園に来てた方から聞いてびっくりしました。勝手に、木って長生きだと思ってたんで、意外と人間の方が桜より長生きなんだと思ってびっくりしました。それで、戦後と言ったかな、なんかその桜の木をその時期に植えまくったから、ある種一斉に桜の木が今寿命を迎えつつあって、結構倒木の危険があるんだみたいな話をされてあって。面白いんですよね、そんなことあるんだって。なんでだったか知らないけど、木って、どんな木もだいたい何百年も、環境さえ良ければ持つもんだと思ってたんですよね。
屋久島の杉の木とかが樹齢、なんですか、千何百年とか。樹齢何千年? 樹齢千何百年? ちょっと分かっていないんですけど、千年越えの木っていうのがあるわけで。それは自然災害が、なんていうの、木が燃えるようなこと、人災自然災害込みでね、そういう出来事がなかっただけで、たまたま守られてきたのかなと思ってたんですけど。そういうのを逃しても寿命っていうのがあるんだなぁっていうのは、それもしかも60年なんだなぁっていうのが結構ね、衝撃でしたよ。
結構これ有名な話なんですかね、桜の木って60年ぐらいで枯れますよって。確かにそう考えるとね、一斉に桜の木を植えましたみたいな、美談みたいになってるけど、じゃあ同時に全部倒れますよって、地獄絵図ですからね。怖いよね。ほぼ同時期に桜の木がパタパタパタパタって倒れていくって思うと、どうすんの、桜並木みたいなとこって。その木が倒れまくって大変なことなんだよ。植え替えるって言ってもね、一回全部やり直すことができないのかどうかはね。そんな、すでに大人になった桜の木を持ってくるわけにもいかんでしょうし。難しいよね。そういう意味では桜の木を見て花見をするみたいなのも、もしかしたら当たり前じゃないっていうか。なかなか、いろんなところの桜が枯れるというか、倒れてしまうっていうことも考えられるので、花見できるうちにしておいた方がいいのかもしれないですね。
今年も3月、今パッと日付わかんないけど、3月も普通に、3月末か、代々木公園で公園しますけども。花見のタイミング、世間一般的にいるところ、めっちゃ人多いのかな、代々木公園自体にはね。花見の予定がないけど花見したいなって方は、ぜひ花見時期の上水公園に来ていただけたら。ちょうどねレジャーシートと公園っていうのは、こんなにもマッチする時期ってあんまりないですから。フラッと食べ物とか、お酒飲む方はお酒持ってきたりとかしてね、公園に遊びに来ていただけると嬉しいです。また追ってね、3月末とか4月頭の公園のスケジュールはお伝えしていきたいと思ってますけども。
いいですよね、公園で音楽を演奏する。楽しいよね。オカリナはちょうど1年前ぐらいですよ、去年の3月ぐらいに買って、オカリナ吹くぞって言って。吹くぞって言っても吹かなくなっちゃうから、目標立ててやんなきゃなみたいな、吹くための何かいるなと思って、1000日後にオカリナコンサートやりますって言ってたんですけど、もう既に丸1年が経ちまして、ほとんど吹いてないから。あと600日、600何十日? 700日くらいですね、オカリナを練習して披露できる状態に仕上げていかねばならないなと思ってます。あ、うそっ! 若い頃はエレキ最高と思ったんですけどね、エレキのギターとかなんやらかんやら、そういう楽器がかっこいいと思ってましたけど、歳を重ねるごとに生楽器はいいなーと思います。
ジャンベなのかな。いろんな楽器がありますけど、みんなずっとさらっていて楽しそうですよね。本当はあっちに向かって歩きたいんですけど、多分うるさすぎて声が聞こえなくなりそうなので、あっちを通らずにぐるーっと行こうかなと思います。こっちの方はね、それこそイチョウ並木の今エリアにいるんですけど、人が結構この辺はいる。ベンチとかもあるしね、テーブル席とかがあって、人がいるのもあってゴミもある。
人間はやっぱりゴミを出しますよね。人口が圧倒的に多いとはいえ、東京の公園って、別になんでもない日にレジャーシートを敷いて集まるみたいなことを結構してますよね、皆さんね。福岡で本当にこういうのを見ないんですよね。なんでだろうね。今変わっているのかもしれないですけど、少なくとも僕が福岡にいた半年前くらいまでの感じだと、全然、天神中央公園とか行っても、時々子連れの方が子供と遊んでいるとか、犬の散歩させてるとか、あとは外国人の方が芝生で寝転んでるとかいう感じで、あんまりレジャーシートを敷いて緩く過ごしてますみたいなの、見ないかもな。
ちょっと太鼓じゃない方に行ったら、なんか今度は、なんだあれは、トランペット? みんな楽器演奏してていいね。この感じはやっぱりオカリナの練習しててもおかしくないね。ただ公園で吹くにしてもね、最低限のことができないと、ちょっとやっぱり恥ずかしいなっていう自意識が働いちゃいますよね。最低限吹けないと恥ずかしいかも。ちょっとした曲が吹けるとかね。楽器はいいよね。
最近本当に言葉に疲れている感じがします。朝礼とかでもたびたび言ってますけど、この存在としての公園の中でも言ったか。難しいことを議論する気になれないっていうか。そういうことを考えたくないって言っているわけじゃなくて、そういうことを別に人と議論したいと思ってないって感じですね。必要に駆られて議論するみたいなのはいいんですけど、わけもなく議論するっていうことを、ちょっとしたくなくなってますね。みんなトランペット吹いたらいい。僕もちょっとオカリナを吹いた方がいい。
なんか言葉にしたい、発したいっていうエネルギーが、もしかしたら言葉じゃなくてもいいっていう可能性はないだろうかっていう風に、一度自分に問いかけてみたい。多分いいんだと思う、オカリナで。良さそう。そういうのもありますよね。僕がこのポッドキャストの中で、あえてあんまりテーマを設定して論じるみたいな形式から離れていっているのは、そういうのもある。言葉から、意味のある話からどんどん離れていきたいと思っているところですね。
ポッドキャストはね、いいんでしょうけどね。別に僕は誰かと対話しながら話してるわけでもないから、思ったこと喋るっていいと思うんですけど。でもそれさえもうちょっとね、湧き起こる、言いたいことが、今これを言いたいみたいな強い気持ちが湧いてこない限り、何かを論じたりしないというスタンスでやっていきたいですよね。
3年日記っていうね。あ、そうだ、今日は違うんですけど、これ収録中の3月8日ですけど、これが配信されている日、3月9日の夜には、三年日記っていうnoteのマガジンで、僕が毎日。これちょっと待って、椅子なのかな。座ろうとしたけど、椅子っぽいから座ろうかな。三年日記っていうマガジンを3月9日から書き始めてます。原則毎日更新で無料です。
そして3年前2年前1年前の、ちょっと待って、鼻かみたい。3年日記ですね。3年前2年前1年前の今日の出来事、3月9日の出来事、3月10日の出来事という風に、毎日、その出来事っていうのを簡単にね、当時の目線で振り返って、それに対して現在の眼差しから、この時こんなだったなーみたいな簡単な振り返りをするっていうような、3年間を振り返っていく日記っていうのを連載していこうかなと思ってます。ぜひね、本当に数分で読めるような文量にしようかなと思ってますので。なんかね今宣伝しちゃってるけど、じゃあ3年前どうだったんだっけとか、2年前どうだったんだっけみたいなことをちょっと気になった方いらっしゃったら、読んでみていただけると嬉しいですが。概要欄の方にリンク貼っておきますので、3年日記、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
誰だったんだろうね、ある有名な人の日記っていうのを読んでたら、日記だから分量が毎日バラバラなんだと。すごい長い日もあれば短い日もあるし、ある日には春の雨と書いてね、しゅん、と一言だけ書いてあるとか。なんだこのしゅんってなるんだけども、実は別の方が語ってあることを聞いたりとかすると、その時日記を書いた人の大事な人が亡くなった日だったとか。だからそういうのが分かったりすると、日記に書かれてあることだけじゃなくて、この日は何か書かれてないから何かなとか、この書き方は何かなみたいなことから見えてくるものってあったりするから。
毎日やるというところの良さっていうのは、毎日の中に緩急がある、文章めっちゃ多い日、少ない日があるみたいな感じでね。っていうのと一緒で僕のポッドキャストも、基本歩きながら自然体でやりますっていうね、あまりトピック決めずに思いつきでやりますっていうスタイルでやっていくと、なんかこの日めちゃくちゃ熱く論じてるなっていう日、なんも喋ってないなこの日みたいな、緩急がついて、それが長い目で見ると、それこそが面白さというか価値みたいなものになっていくんじゃないかなと、個人的には思っていますね。
だから今この瞬間で価値を出す、ショート動画みたいにもう1分で結果出す、面白いと思わせる、その1分見てもらうために最初の3秒で面白いと思わせて、これ最後まで見てみようと思わせるみたいな、その超短期的に結果を出すみたいな世界とは、もうどんどんどんどん僕はかけ離れた方向でいろいろ考えてますね。これ太鼓路線を外そうと思ってきたけど、結局これ太鼓の場所に合流するから、ここまで来たらいったん引き返していくというプランに変更していきます。どんどん太鼓の方に近づいていってさ。何の話だっけ。あ、そう、緩急ね。
それは長い時間軸で見たときの、5年とか10年とかで育てるのが僕はすごくしっくりくるっていうか好きなんですよね。5年10年で何かが成長していくっていうのが性に合ってるんだと思いますね。それにも関わらず、始めてちょっと面白いかもっていうのを通り過ぎて、一通り形になってきたぐらいで、環境側の変化みたいなものがついてくる手前でね、諦めちゃう、やめちゃうってことは本当に人生多くて。YouTubeしかり、最初はツイッターしかり、他にもあった気がするけど、そういう、ちゃんと続けてたときは良かったのに、あの路線でっていうやつがいっぱい過去にあって、もったいないなっていう気持ちが今となってはあるので。
こういう公園活動しかり、ポッドキャスト存在としての公園しかり、3年日記もそうかな、まだ本当始めたばっかりなんですけども。これをね、芽が出ないからやめちゃうとかじゃなくて、淡々と続けていけるものだけを残して、淡々と続けていくっていうことが、とっても重要なことかなというふうに思っていますね。
瞬発的に結果出すみたいな価値観でもないということが、40年生きてきて分かってきたし。たまたまね、これから先の、それこそ5年10年見たときの世界の変化でいえば、そんな、テーマは身体性だとか、逆に一瞬で価値が出るものは全部AIで良くないみたいな世界に移っていくだろうというのが、僕の見立てですので。より人間らしいって言うと語弊があるけども、人間どっちみち意味がないんだが、人間ぐらいしかそれやらないだろうなっていうことをやった方が良さそうだなっていう感覚があるし。そういうもの以外は全部、自分のアイデンティティが崩壊するレベルでAIの方がうまくこなすだろうと思うので、AIの方がうまくこなしても意味がないっていうことをやらないといけない。
公園活動をAIの方がうまくこなしたって意味がないじゃないですか。僕がやらなきゃ意味がないっていうか。他の人が公園活動をやってもいいんですけど、他の人がやった公園活動はその人の公園活動って感じで。まさに代々木公園と新宿中央公園と井の頭公園って全部違う公園じゃんみたいな感じで、公園ではあるんだが別物だよねってなったんですよね。何の話してるんだろうなって感じだけど、とにかく積み重ねですよね。積み重ねていくしかないっていうこと。だから桜の木が60年で枯れるっていうのは結構ショックで、ショックだけどそういうもんかとも思うというかね。じゃあしっかり咲いている今、その綺麗な姿を見とこうっていうことでいいんじゃないかなと思いますね。
だから僕の公園活動もそうですね、例えば、なんですかね、僕が何歳まで生きるんでしょうね。桜が60年でしたよね。あと60年は多分生きないもんな、今40だからね。医療とかいろいろ発達して長生きする世界線に来てる可能性はなきにしもあらずですけど、そんな医療とかにアクセスできるような経済力を持っていなさそうなので。100まで生きてるとは思えない。そうすると桜の木ほど寿命がなくて、その間、公園活動を続けていけるのかどうか、なんてことも未知数ですよね。ぜひメンバーシップ、気が向いたらサポートしていただけると嬉しいです。活動継続のためにもすごく助かりますので、もしよかったら概要欄にあるリンクからメンバーシップをご登録いただけると嬉しいです。
なんだこの鳥は。ハト? ハトっぽくないんだよな。ハトっぽいけど、ハトっぽいのにハトっぽくないんだよな。なんだこの鳥は。鯉みたいなね、鯉みたいな柄の羽で、歩き方はハトですね。ハトなのかな。穏やかですね本当に、この公園というのは。東京ということを忘れさせる穏やかさ。今ね、4時58分。もうすぐ5時なんですけど、5時を前にしてね、皆さん結構帰られる方が多いみたいで、人が減ってきました、少しずつ。そういうのもいいですよね、移り変わりがあってね。
また芝生エリアに戻ってきました。ここは一番人が多いエリアでもあるので、ちょっとゴミがあるんじゃないかな。音楽が鳴り始めました、5時の。ちゃんとみんなレジャーシートを敷いてね、お弁当を食べたりして。いいですよ、こういう。自然を感じる時間をね、もっとみんな過ごしたらいいんじゃないかな。
今日の朝礼でも話したんですけど、つい何を話すか、朝礼の話じゃなくてね、人と何を話すかみたいなことにフォーカスしている人が多いんじゃないかなと思いますけども。それは価値を出しなさいというプレッシャーの中で日々生活しているとそうなんだろうなとも思うんですが、仕事時間外、例えば土日でお休みですとかっていう時間っていうのは、別に価値出さなくていいじゃない。そういう時間には、自分で選べる時間なんだから。選べる時間があればの話ですけど、ちっちゃい子が家にいてそんな時間が取れませんとかいう事情もあるかもしれないし、いろんな人がいるから。
自分の時間が仮にあるとして、その時間誰に会うか、誰に会わないかってことは本来選べると思うんですよね。選べる余地がいくらかあると。だからその時間に誰と会うかってことに対してはシビアに考えた方がいいと思うし、そこがしっかり考えられていたら、そこで出会える人っていうのはもうそれだけで尊い。目の前にその存在がいるということ、そしてその存在が、笑顔なのか何なのかわからないけども、決して敵対的な感じではなく、どちらかというと好意的に挨拶をしてくれるとかね、自分と接してくれている状態がある。これだけでもう最高なんですよね。
存在と対峙して、その存在が僕という存在を認め、僕は相手という存在を認めると、認め合う。承認欲求を満たそうみたいな、そういうチャチなやつじゃなくて、もうちょっと根源的な、目の前に立ち現れ、そしてその存在を肯定するという、それそのものがものすごく尊いことだなと最近は思う。だからそこで政治の議論をしちゃったりとか、もちろんそういうリングにあがって喋る分には良いと思うんだけど、そうじゃなくてただ一話題としてというか、エキサイトするためにそうやって話題を出すっていうのは、ちょっとね、あんまり良くないなって思うんですよね。もう存在し、お互いのその存在を承認する。あとは何話したかってそんな重要じゃないなって。今ここでこの日この時間、会ったね、会えたねっていうので十分喜ばしいことですよ。そんな風に最近は思います。
公園活動なんかはまさにその域に僕がちょっと達しちゃってて、レジャーシートを敷いて、開かれた場で誰が来てもいいですよってしてるところに、その日その時間その場所にわざわざ立ち寄ってくださって、目の前に対峙してくださって、笑顔でこんにちはと言葉を交わす。それ以上のことはもうないんよねって思いますよね。
今日もお子さん連れて来てくださった方がいて、この後髪切りに行くんですよって。髪切り行くんだねって言って、髪切るの嫌いじゃないのって言ったら、いやー、美容室の匂いが好きでって。美容室の匂い好きなのかって。でも弟は美容室の匂い嫌いって言ってて、いや、弟は嫌いって言ってるのかって。美容室の匂いもだけど、髪切られるのとか嫌じゃないのって話をしてた。この美容室はみんなに勧めたい、ぜひみんなに行ってほしいと。オススメポイントはどこなんですか? すきばさみ。すきばさみを使って髪を梳いているときが気持ちいい。どんな理由だよみたいな。すごい面白いですよね。いいなと思いますよ。
高市早苗さんがどうだっていう話をするより、行きつけの美容室のすきばさみが気持ちいい話のほうが僕はいいなと思うんですね、公園で話すについてはね。本当に政治のことを考えよう、もうこれ考えないといけないんですよという場で、よし、一緒に政治考えましょうって言って、で、政治について議論するっていう、すごいね、お互いコミットして話す時には、そういう話をしてもいいと思うけど。ふらっときて、国の政治を憂うみたいなことは、まあまあ、そうだけどさ、そうだけどそうか、みたいなこともある。
それよりもその個人の体験として、自分は髪を切ると、その髪を切っている場所が素敵だと。何が素敵かというと、すきばさみで髪を梳いてもらっているとき気持ちいいんだと。もうそれはもう何にも変えがたいじゃないですか。その本人が感じているリアリティですから。その本人の体験としてそうだって、そしてそれはみんなにも伝えたいと思ってるぐらいの気持ちがあるわけです。その気持ちを感じるっていうか、いいねってちょっと。僕もちょっと髪切る予定は今のところないですけども、でもこれ切ろうかなっていう時に、あそこのすきばさみは気持ちいいんだったら行ってみようかなって思うかもしれないですよね。そういうの、いいですよね。そのお子さんのことがちょっとだけ知れたような気持ちになって、ちょっと近くなったような感じがありましたよね。
だから会話というのはおまけぐらいの感じでね。あんまり気負って、何かこの会話の中から持ち帰ってやろうとか、何かをクリアにしようとか、そういう話をしたらダメだって言ってるわけじゃないんですよ。ただ、そうでなければいけないとかいうプレッシャーはない。もう会話はおまけぐらいの感じですね、どっちかって言ったら。もう本当に来たということで、もう80点。そして笑顔で挨拶をしたら95点。残りの5点が会話って感じで、この会話をぐちゃぐちゃぐちゃってしちゃうと、もう全部台無しになっちゃうみたいな、そんな感じのイメージなんで。
だからね、存在することでも価値なんで、価値出さなきゃとか、なんかね、自分なんかがとか、もしくは面白い話をしないと場に価値ってないですよねとか、そんなことはないんですよね。もう一緒にいるということがどれだけすごいことなのかっていう。ここは学校じゃないですから。嫌でも行かされて、行ってみたら40人と、別に好きでもない40人と一つの部屋に閉じ込められて、クラスメイトですとかって一年一緒に過ごさないといけないとか、そんなことはないわけですよね。僕の公園は、本当に自分のタイミングで、自分が来れる時に、来たいと思った時に立ち寄っていただければOKぐらいの、出入り自由の場ってことで、強制ではないですから。なんて言うんですかね、自分でそのタイミングで来ると決めた時に来る以上って話ですから。
なんかもうあんまりね。ちょっと待って、なんだこれ。何が落ちてるのこれは。これ何だろう。何かに使えそうな、おもりみたいな、紐で繋がった4つのおもりみたいなものがあるんですけど。
一緒にいるってことがとても大事ですよね。大事っていうか、希少ですよね。さっき言ったけど、学校でたまたまいましたっていうのも別に希少性って感じづらいけど、そうじゃなくて、いるかもいないかもわからない、今日はいるんだな行ってみようかな、行ってみたらまた別の人も来たな、この3人でこのタイミングで話すことってないよなみたいなね。この3人がここでこの狭いレジャーシートの中で一緒にいるって奇跡だよなっていう。その奇跡を感じる以上、存在の承認ですよ。存在をね、お互い認め合って、いい天気ですねって何か過ごせたらいいよねって思いますね。
難しいよね、何話せばいいんだろうみたいなことを思う人もいるかもしれないしね。でも何も話さなくていいんですよって思ってるし、でも何も話さないっていうのが意外と難しかったりもするしっていうね。もちろん話してもらってもいいしね。難しいよね、人としゃべるってね。どっちでも良くない話を聞きたいなっていう感じなのかな。
例えば今日の美容室の話はやっぱり一番わかりやすくいい例で、その子が、その小学生の子が、その美容室ですきばさみで髪を切ってもらっているのは気持ちがいいっていうのは、どっちでも良くないんですよね。その人にとってそれがもう絶対の体験なわけじゃないですか。絶対的に気持ちいいと思えるその体験として語られてて。別に美容室じゃなくて、サウナだって気持ちよくないですか? とか言っても意味がないわけですよね。美容室のその担当の美容師さんがすきばさみでその子の髪を切って、その子が気持ちいいと感じているという絶対の、唯一無二のもの。こういう話をね、最高って感じなんだけど。
中道改革連合についてどう思いますか。どう思っててもどっちでもいいよねみたいな。結局僕に与えられているのは一票だし、僕の一票は僕で考えて僕で入れるけど、別に今あなたが何を思っておりようと、僕が何を思っておりようと、どっちでも良くないっていう。それをどっちでも良くないよねという場として、さっきも言ったけども、政治の議論をする会としてやりましょう、お互いに政治について理解を深めるためにとかだったら全然いいと思うけど。どっちでもいいなって話を、しかも考え方が違ったりとかするとちょっと怒り出したりするわけじゃないですか。嫌だなっていう感じがするんで。
どっちでも良くない話をしたい。どっちでも良くない話とつまり何かというと、その人の体験から来るもの。そういうエピソードって別に、その人にとっての絶対的な体験、その人の中でしか起こり得ない、どっちでもいい話じゃなくてそうだっていう。その人もその日その瞬間感じているものとしてはそうだとして出てきてるわけだから、そうなんだと思って受け止めることができるというか。だから存在と挨拶と、どっちでも良くない話っていう、体験から来る話っていう、これがね、揃うと100点満点っていうか、最高に気持ちいいなみたいな日ですよね。別に100点ってあるわけでもないんですけどね。どっちかっていうと台無しになっちゃうと嫌だなぁみたいな気持ちがあるので、あんまりどっちでもいい話で、どっちでもいいにもかかわらず心をすり減らしていくような、そういう会話をするの嫌だなぁみたいなことを最近は思ってるのかもしれないですね。
結構歩いたな。1時間ぐらい経ったんでゴミ箱を見つけてゴミを捨てて帰りたいなと思いますが、こんな時に限ってゴミ箱が、どこにあるんだろうね。あっ、違うか。結構良いゴミ箱がいっぱいあるはずなんですけど、今いる場所の近くには全然ないっていうね。ついてないですね。ゴミ箱。これ自転車もありますからね。自転車から遠ざかっていく感じになりますね。5時15分、だいぶ日が沈みかけてる。ちょっと暗いというか、明るくは無くなりましたね。ゴミ箱。
最近本当にこのモルックやってる人増えましたよね。代々木公園とかめっちゃいる。モルックね。まぁでもやったことないからわかんないけど、ラウンドワンでボーリングする代わりに公園でモルックするみたいなのもいいかもですね。気持ちいいし。真っ昼間からボーリングに行くみたいなのは、あんまりイメージないんですけど、夜行くの? ボーリングっていつ行くんでしょうね。僕はあんまり好きじゃなかったから、そんなに行ったことないけど、行ったときは二次会で行くとか、そんなのが多かった気がするけど。でもね、公園でモルックだったらもうゼロ次会でやれますからね。日曜日の昼からモルックだと、夕方からみんなで飲みに行くみたいな、そんなことも一緒なわけですから、いいのかもしれないですね。公園でスポーツするっていうのは良さげですね。
いい人でしたね。やっぱりゴミをなんていうんですかね、綺麗に、あ、ゴミは綺麗にじゃない、公園を綺麗にというミッションを持ってやってる立場の人からすると、ゴミを捨てる奴ら許さんぞっていう気持ちに、やっぱりなっちゃうんですよね。なんで捨てるんだよってことですよね。僕としてはそうですね、この代々木公園なんか特にゴミ箱まで設置してくれてるから、すごく親切な公園だなと思うんですけど、なんでねゴミ箱まで持っていかないんですかね。社会にわからないことがいっぱいありますね。
ゴミひとつゴミ箱に捨てられない人が大勢いるわけですけど、やっぱり世界平和なんて遠いですよね。ゴミをゴミ箱に捨てるところからだろうって思いますね。目の前の人に横着な態度を取らないとか、他人の人権に自覚的であるとか、そういう一つ一つを一人一人がやっていくしかないだろうと思いますよね。そういう実践の連続でしかないし、その集大成というか、その一番分かりやすい行為として、政治の投票行為とかあったりするのかなと思うし、日頃その練習ができてないのに、やっぱり政治批判とかね。
そういう仕事としてプロフェッショナルとしてやって、何かそれ専門でウォッチしてない人にも情報を届けるとかだったら、すごい有意義かなと思いますけども、ストレス発散のための政治批評みたいな、政治批評にもなってない、政治家だったらもう愚痴っていいだろうみたいな感じで愚痴を言ってるだけみたいな、そういう会話とか、もうどっちでもいいなって感じになっちゃうんで。やっぱり美容室のすきばさみの話を聞きたい、僕はね。公園でそんな話を聞きたい。
ああいうのもありましたよね。職場でチワワを20匹ぐらい飼ってる人がいて、それがちょっと怖くて、なんで20匹も飼ってるのかとか、その20匹をどのように飼ってるのかってことを、怖くて聞けずにいるんですって言ってる話とかね。そういう話とか、どっちでも良くないじゃないですか。どっちでも良くないなって話を聞きたい。面白い話を聞きたいって言いたいわけじゃないんですよね。面白い例を出してるけど、その人の体験の中で出てきた、チワワ20匹飼ってる職場の人に、何か怖くて聞けなかった自分がいたんだっていう、その体験っていうのは何ものにも変え難い。どっちでも良くないなって思います。
体験を聞かせてください。ぜひ気軽に公園に来て、自分の体験した話、もしくは話さなくてもいい、挨拶だけでもいい、黙ってずっと座ってるとかもいい、ので、気軽に会いに来てくださると嬉しいです。公園活動を応援してくださる方は、ぜひメンバーシップ存在としての公園にご登録いただけると嬉しいです。それではまた、ご安全に。