存在としての公園 第83回

ファッション、エグい

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概要

逃げながら考えていたのは、「エグい」という言葉についてだった。それとファッション、エグい。


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機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。

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9月14日月曜日、夜9時35分です。完全に配信時間を過ぎて録音をしているんですけれども、今はポッドキャストの収録ですね。手前のカルチャーっていう、映画とか漫画とか音楽とか、いろんなコンテンツをカルチャーを紹介するポッドキャストっていうのを、福岡で一緒にバンドをやっているバンドメンバーのハッシーと2人でやってるんですが、僕は全然そういう映画も漫画も音楽もわからないんで、初心者向けに入り口の手前まで案内してもらう、紹介してもらうというような、聞いたことはあるけどわからん人にはわからんみたいな、メジャーなんだけど意外と知らないなぁみたいなやつを教わる番組なんですが、それの収録は今終わって、家に向かって帰っているところですね。最近は家で収録してなくて、結構レンタルスペースを、会議室みたいなところを借りて、ちょっと気分転換してポッドキャストを収録してたりするんですけど、そこから家に帰ってるってとこですね。

なんでこんな時間になっちゃってるかっていうと、今日は、言い訳させてもらうと、虫が出たんですね。久しぶりに今日晴れてたんで、昨日も晴れてましたけど曇ってましたよね、今日は結構青空が広がっているというか、久しぶりに晴れたなーって感じの天気だったんで、久しぶりにこれは公園で仕事でもするかなぁなんて思って、どこにしよっかなぁと思って。林試の森公園というのが目黒区にありますけども、そこはすごくいい公園なんですけどね、本当虫がいるんですよ。真冬によく行ってたんですけどね、去年、1年前くらい東京出てきたんで、ちょっとしばらくしたらもう冬が来ちゃって気づかなかったんですけど、冬はずっと林試の森公園でこういい感じの机とかあるし、広いしって感じでよくいたんですけど、春になると途端にすさまじい量の虫が出てき始めたんで、林試の森公園は出入り禁止だなと思って、今ちょっと出禁になってるんですけども。

どっかないかなと思って、洗足池公園ですね。勝海舟が愛した土地ということで、かつ改修の博物館みたいなやつとかあったりするとこなんですけど、洗足池という池があって、池の周りをぐるっと散歩できるような、そういう作りの公園なんですけれども、福岡の大濠公園みたいな作りですよね。すごい小さい大濠公園という感じで、個人的にはその池の周りをぐるっと歩けるみたいなのがすごくいいなと思っている公園なんですけど、その洗足池公園のちょうどぐるっと一周回る中間に休憩所みたいなのがあるんですね。その休憩所に机と椅子があって、そのテーブルで2時間3時間ぐらい仕事しようかなと思って行ったらですよ、久しぶりに行ったんですよね、多分何ヶ月ぶりかな、春とかに行ってた気がするんで、春ぶりとか行ったのかな。行ったら、休憩所の前のその大きな木の下に毛虫がいっぱいいましたね。

僕はもう本当に一番嫌いな虫、芋虫系のやつは一番嫌いなんですけど、中でも蝶々の幼虫のイモムシって、僕のイメージですけど、あんまちゃんと真面目に見たことないけど歩くの遅い印象はあるんですけど、ケムシってなんか足早いやついるじゃないですか。腹立ちますよね、なんかキモい上に早いみたいな、なんなんだみたいな感じなんですけど、もうまさにちょっと、まあ激早ではなかったけど、ちょい早ぐらいの毛虫がいて、なんだよこいつらと思ったんですけど、休憩所の中にはさすがにいなかったんで、なんとかその毛虫の群れをかわして休憩所の中で作業をしてたんですけど、15分くらいしたら、休憩所の中にも2匹ほど毛虫が入ってきまして、だんだんこっちに近づいてきてるな、っていう、でもこれ無理だと思って走って逃げたっていうね、そういう恐ろしい午後を過ごしたので全ての予定がそこで狂ってしまった。本当はそこで2、3時間作業をして終わらせなければいけないものが終わらなくて、とりあえず逃げるぞと思ってもう緑がないコンクリートしかないところに行こうと思って、結構の距離を歩きました。で、仕切り直しでいろいろやったんですけどカフェで仕事したりとか、ちょっといろいろ予定が狂ってしまって、podcast収録するタイミングを逃してしまったという次第でございます。

嫌ですね虫がほんとにね。きっかけはよくわからないんですけど、虫から逃げているときに、ほんと最近むやみやたらに「えぐい」って言うよな、みたいな、それえぐいって、みたいな、なんかむやみやたらに「えぐい」って言葉を使うよな、なんてことをぼんやり思いながら虫から逃げてました。それを思うと、もうちょっと前は「えもい」みたいなのがやたら、何でもかんでも「えもい」って言ってたような気がしますよね。何でもかんでも「えもい」って言ってたかなと思ったら、なんでもかんでも「えぐい」って言ってるなって気がして、エモいからエグいに変わってきてるっていうか、別になんていうのかな、全然違うんですけどね対象は。エモさっていうのとエグさっていうのは違うんですけど、でも言葉としてはなんか、なんでもかんでもキモいって言うみたいなのとか、ああいうなんか流行り言葉ってのがあるんですかね。キモいとかエモいとかエグいとかって、全然意味的には違うし使う場面も違うんだけど、場面違うはずなのに、やたらその言葉を使うっていうか、何でもかんでもエグさに当てはめていくとか、何でもかんでもエモさに当てはめたり、何でもかんでもキモさに当てはめたりするみたいな感じで、同じ対象を何か違う言い方をしているとかじゃなくて、違う対象にそういう流行り言葉を当てていくみたいな感じで、言葉が流行ることによって、何でもかんでもキモくなるとか、何でもかんでもエモくなるとか、何でもかんでもエグくなるみたいな感じ、ありますよね。

最近はエグいっていうのがよく聞こえてきて、何がそんなエグいんだよって思いますね。何でしょうね、キモいとかエモいは割と僕許せたっていうか、この人にとってこれがエモいんだなーって思えるというか、そんなエモくないやろと思っても、この人にとってはエモいのかなーって、ちょっと比較的寛容に受け取れたんですけど、なんかエグいって言われると腹立ちますね。何がそんなエグいんだよってちょっと思っちゃうっていうか、その人にとってエグいからエグいんでしょうけど、なんか自分の引っかかりポイントってありますよね。僕の知り合いではエモいっていうのが許せないって怒ってる人がいて、そんなに別にいいんじゃないですかねぐらいに思ってたんですけど、エモいとか軽々しく言ってほしくないみたいな、そういう風にちょっと怒ってる人がいて、このエグいってみんな言ってる今、その気持ちが少しだけ分かるというか、何がそんなエグいんだよって思いますね。まあ別に言いたきゃ言えばいいんですけどね、けど聞こえてくるエグいよ、何がそんなエグいんだよって思いたくなるというか、思っちゃう、なんかエグいという言葉に対するエグみに対する何か、こだわりが自分の中にあるんでしょうね。そういう、どういう感じでその言葉が流行っていくんでしょうね。エグいって誰が流行らせたっていう、個人じゃないとは思うけど、どういう流れでそんなみんなエグいって言い出したのかちょっと気になりますかね。いつの間にかエモいってなんかあんまりむしろ言わなくなってきてる気はする、それエモいっすねってもう言わなくないですかね、なんか前より聞かなくなってきた気がする。なんてことを虫から逃げながら思いました。

で、結構トラウマなんでしょうね、本当に。夕方ぐらいまで、収録さっきの収録中もちょっと若干引きずってたんですよね毛虫を。普通にトラウマなんだと思いますね。幼少期に住んでいた家のアパートに住んでいたんですけど、そのアパートの向かいに塀があってね、塀越しにその大家さんの大きな一軒家があって、庭がすごい広い庭があって、その庭に生えてた木がなんかめっちゃ毛虫が発生する木で、それのせいで僕は朝、家の玄関を開けたら、玄関の向かい側にある部屋に毛虫がいるっていう、そういう日常。保育園時代とか、小学校、低学年の時までかな、あれがもう本当に脳裏に焼き付いてるというか。理屈じゃないんですよね、見るともうやっぱり生理的に反応しちゃうというか、やっぱ毛虫なんだと思うね。でそっから派生して、ああいうなんか芋虫全般とか、ミミズとかもそうですよね、長い系のやつがちょっと特にキモくてしょうがないって思っちゃうんですけど、なんかもう理屈じゃなくて、ちょっとやっぱトラウマだと思います。本当にもヤンキーみたいなのがいるんですね、すごい。まあそんな一日でしたね、とにかく心をかき乱されてしまって、なんかよくわからんまま気づいたら夜9時半になっちゃった、みたいなそんな感じです。

それを伝えることしか考えていなくて、今何も浮かんでこないですね。あ、そうだ、昨日結構面白い、楽しい出来事があって、めいめいってね僕ポッドキャストやってるんですけど、いろんな事象ですね、世の中のよくわからない、名前のついていない現象に対して、まあそれって何なんだっけってことを検討して、最終的に名前をつけていくというような、名前をつける番組をやってるんですが、そのめいめいの相方であるカンタさんが、ゲイで茶を沸かすっていうポッドキャスト、ゲイ茶のマッキーさんからファッションコーディネートしてもらうと、服を上から下までフルセット揃えていくっていう、そのファッションコーディネートされるということで、よかったら来ませんかってことでカンタさんから誘ってもらって、昨日行ってきました。ちょっと待って、家はどこが開かなかった、家はどっちだ、このね最近レンタルスペース借りてやってるんですけど、家からそんな遠いとこには行きません、けど徒歩で10分ぐらいかな、歩いたら30分ぐらいのところなんですけど、あんまりその辺って逆に行かないから、どこかわからないっていうね、しかも今歩きながら収録してる、あんまりよく分かってない、歩いてるということに対して無自覚で、半分無意識で歩いてるんでちょっとよく分からない。これ右か、なるほど。そうで、買い物についていくっていう、そんな1日でした。

なんとなくノリでついて行ったんですけど、行ってよかったなぁと思ったのは、皆さんご存知の通り僕作務衣を着てるんですよね。福岡から東京に出てくる時に服を減らしたいということで、福岡から持ってこないといけないからね、引っ越してくるときに、じゃあ服を厳選しようと思ったら、作務衣以外全部捨てたんですよ。なので今作務衣しか持ってなくて、僕はファッションというか、自分が着る服というと作務衣しかないっていう状況で、だから買い物をしないんですよね洋服を。するとしても、作務衣の中に着るインナーをユニクロで買うとか、それも買い物っていうよりはもうね、なんていうんですか、だいたい決まってるじゃないですか。そうすると、ファッションに思い悩むということがないというかですね。できることがあるとすると違う作務衣を買う、違うブランドの作務衣を買うとか、違うデザインの作務衣を買うとか、もしくは作務衣の中に着るものをどうしていくかみたいな感じで、一回オシャレな方から意外と作務衣の中のインナーで遊べそうですねっていうこと言われたんですけど、別にオシャレとしてやってるわけでもないから、インナーで遊ぶみたいな中に何を着るかみたいなことを別に考えてるわけでもなくて、とにかくそんなに選択肢を持ってない、自分の中に思い悩まなくていい。作務衣が売ってる場所って限られてるから、本当オンラインショップでちょっと見たりする程度ですよね。基本モンベルの作務衣を着てるんで、モンベルの作務衣があり、たまーになんかちょっと違う作務衣があってもいいかなって思うときに、ちょっといろんな作務衣をネットで見るみたいな、そんなレベルですよね。だから基本的にファッションにそんなに悩むことがないし、買い物に行くこともないと。

だからね、新宿の伊勢丹とかに行って、メンズ館とか行って、服がわーって並んでる中、これはこうですねあーですねとか言いながらその見ていくのがすごくなんか新鮮というか懐かしいというか、服昔見てたなぁみたいな、なんかすごい懐かしい気持ちになったのと、あとは東京で服を見るって言うことを初めてやったので、洋服屋に行ってしかも、伊勢丹とかで結構値の張る服とかを見てっていうのを初めてやったんで、すごく貴重な体験でしたね、楽しく。なんていうんですかね、テーマパークみたいな感じでしたね。別に自分来てても、フラッと行って見に行ってもいいはいいんですけど、でも買う気がないじゃないですか。だからやっぱ買う気がないのに物を見るっていうのと、僕が買うわけじゃないけど一緒にいる人が買うという、買う前提で商品を見るのじゃ全然違いますよね。見方も違うし、あとはこの後買うしなっていう、そのいてもいい感もあるし、堂々と見れる感じもあってね、よかったですよね。何店舗くらい行ったのかな、多分5、6店舗を見て、本当にジャケットからなんか中に着るシャツとか、パンツとか靴とか一式買ってましたね。2時間ちょっとぐらいかけて5店舗6店舗もあった感じだと思いますけど。

結構ね、何だろうね、何が面白かったかな。伊勢丹に行った時に、最近ちょっとなんか、ブランドにもよりますけど、その輪みたいなものを取り入れてるデザインの服があって、作務衣みたいなデザインのジャケット、オシャレ系の作務衣的なデザインのジャケットを着ている店員さんとかがいて、なんか似てますねみたいな感じになりましたね。似てますねみたいな感じで、逆に寒いかみたいな状況になったのが面白かったですね。あとカンタさんが試着室で試着している時に、出てくるのを待ってたら、その試着室の周りって出入りが多いじゃないですか、試着したい人とか店員さんが試着する服を持ってきたりとかするじゃないですか。待ってたらお客さんから、すいませんちょっと試着したいんですけどみたいな感じで、店員さんと間違われるみたいなシーンがあったりとかして、こっちは寒いだぞっていう、なんで店員と思ったみたいな、そういうシーンとかもあったりしてですね、面白かったですねそういうのとか。僕に試着の声をかけている時点で、ちょっと服を見る目を養った方がいいんじゃないかみたいな、そういうのを思ったりしましたけども、結構安くない服を見てましたんで、そういう服を買うんだったらちゃんと目利きができないと、このただ作務衣を着てる人間を店員さんと間違って試着したいんですけどとか言ってる場合じゃないぞということを思ったりして面白かったですね。

何ですかね、まあすごく楽しく買い物を終えたんですけど、やっぱりマッキーさんはさすがさすがのおしゃれさんっていう感じで、なんかおしゃれな人が選んですごい奇抜になるみたいなやつってあると思うんですけど、全然そんなことなくて、奇をてらったようなっていうかそんなんでもなくて、かつ無難でもないっていうか、カンタさんが普段着てないなーって感じの服、カンタさんが選ばないだろうなーみたいなものを中心にチョイスして、でもしっかりカンタさんに似合うみたいな、これはすごいなって思いましたね。ビフォーアフターが結構ガラッと変わって、なかなかこれみんなファッションに悩んでる人、マッキーさんに見てもらったらいいんじゃないって思いましたね。なんかそういうポッドキャストやってくださいよとかね言ったんですけど、なんか編集とか大変なんでって言ってたんで、編集兼撮影兼みたいな感じで動ける方、ぜひマッキーさんにオファーしてみてください、ファッションポッドキャストやりましょうって言ってね。あれは結構救われる人いるんじゃないかな、すごく良かったですね。トレンドがあるじゃないですかファッションってね、日々移り変わっていくから、なんか勉強するよりは、好きな人は勉強すればいいと思うんですけど、なんかもうちょっと流行りとか、もう最近の傾向とかわからんなって人は、もうやっぱプロにサクッと選んでもらうっていうのがいいんじゃないかなと思いましたね。全然印象変わりましたもんね、カンタさんのね。これはなんか今、マッキーさんがちょっと今、ファッションスナップみたいなのあるじゃないですか、街の中で撮ってますみたいな写真、あれを集めてなんか今ジンみたいなのを作ろうとしてるみたいな話があったりして、それに僕とカンタさんも乗るかもっていうことになってますんで、もし乗ったらまたご案内させていただきたいと思います。

買い物について行ってみて、そして帰りの電車で一人ちょっといろいろ考えたんですけど、まず楽しかったんですけど、一方ですごく疲れた。いろんな服を、その服にいろんな値段の服があって、桁が違うふたりするわけじゃないですか、もう二桁ぐらいが変わりますよね。何十万の服から何万の服から何千円の服からって感じで、桁がどんどん変わっていくって感じとか、何がそんなにとも思うし、確かにこれは大変こだわっている服だなとも思うし、でもなかなか何十万の服って着れないですね、3枚着てるからそれどころじゃないんですけど。ちょっとなんか服って、なんでいうのかな、すごく経済力というか、経済力しっかり社会的地位を表すみたいな、良くも悪くも表すなと思いましたね。すごくそれこそエグいなと思いましたよ、ファッションってエグいなって、だから気安くエグいとか言ってほしくないよね、ファッションこそエグいなって。ファッションそのもの、服を選ぶということって結構エグいなって思ったですね。

やっぱり何でしょう、しかも何がエグいかって、例えば僕音楽やりますけど、音楽が好きです、音楽を作るのが好きです、プレイするのが好きですという時に、楽器にこだわると、好きだからね、それで例えば数万円のギターから数十万円のギター、数百万円のギター、それも桁が違うランクがあるわけですけども、そこでこだわっていくっていうのは、こだわってもこだわらなくても、誰もそんなに知らんかなって感じじゃないですか。せいぜいライブに出て音が弱かった気がするとか、もしくは同業者というか音楽を同じようにやっている人からすると、そのギターってこうですよねとかっていう、オタク的なというか、精通している者同士でこだわり合うというのは分かるんですけど、でも一般的に僕がギターを持って歩いてても、そのギターはなんてことにはならないじゃないですか、みんなそんなに気にしてないと。でも洋服って見られますよね、街でだってすれ違う人を見たときに、全く知らない人を見たときに、情報って何かって、その人の顔と体型と服ですよね、歩いてきてるんだったら歩き方姿勢とかもあるかもしれないけど、でも洋服が占める情報量って結構大きいじゃないですか、印象として。

結構洋服を持つメッセージってあるから、たまたま洋服のことが好きでかつ経済力があって、かつ洋服を買いに行くだけの時間があってみたいな、全てを持っていればいいんでしょうけど、大して洋服興味ないしなみたいな、カンタさんとかそうですよね、経済力はあると思いますけども、洋服自体にそんなに興味ないしなっていう状態だと、興味がないっていう服を着ているということが、別にそれぞれでいいんですけどね、この人はファッションにそんなに興味がないんだろうなって見られる。ブランドのロゴでっかいロゴがバーンって書いてあるようなTシャツ着ちゃうみたいなやつとかは、そういう感じの人なんだなみたいな、そういう性格というかそういう美意識の人なんだなみたいなことが伝わるわけで、やっぱりそのすごいメッセージ性がありますよね服ってね。その人は何着てるかっていうのは僕で言うと作務衣ですけど、作務衣がどういうメッセージ性かっていうのはちょっとまた考えないとはいけないと思いますけども、でもなんか少なくともちょっと癖強そうだなって例えば思われるとか、洋服が持つメッセージってすごくあって、本人が別に発したいメッセージじゃないメッセージとして受け取られてしまうみたいなことってあるよね。だからどのギターを弾こうかなとはわけが違うんですよね、自分が全然そこに無頓着であったとしても、それを見られちゃうっていうか、そんなもの見られたくもないのに見られちゃうっていう問題があるから、結局どっかで何を見せたいかみたいなことをそんなに欲してなくても、どう見られるかはある程度意識しないといけないっていう、なんかそれがちょっと服の結構特徴的なところだなと思いましたよね。

別に自分がどう見せたいかはあんまないけども、どう見られたくないかとかどう見られたいかみたいなことはあり、じゃあそのためにはみたいなことを考えていくと、結局それに合わせた何かを選んでいかなければならずみたいな感じで、そうするといろんなブランドのいろんな価格のいろんな服があり、ランクみたいな、どれくらいのランクのところに手を出すかみたいな感じで、すごくなんていうのかな、自動的に資本主義のランキングのシステムに組み込まれていくっていうか、そのランクの服着てるんですねみたいな感じに組み込まれていく感じが、昨日は受けましたね。だからファッションが今、事実上なんつかな、参加してないっていうか、独自路線を行ってるんで、もう別に評価してもされなくても、どっちでもいいですみたいな、どのように評価されても別にいいですみたいな、そこを評価する意味はあまりないと思いますみたいな感じでやれているから、精神衛生上すごくいいんですけど、なんか平均的なというか、ある程度社会の中で一般的なっていう範疇で服を選ぼうとすると、結構僕なんかどう見られるんだろうとか、どう見られたいんだろうとかいうことを意識しちゃって、服選びって困りそうだなと思いました。

実際昔困ってた気がしますね、ずっとしっくり着てなかったっていうか、なんかそんなに服が好きなわけでもなかったから、好きじゃないってこともないか、お金がなかったのかな。なんか奇抜な服とか着たいなと思いつつも、なんかそうですね、どうせならこだわりたいなみたいな、そういうことするんだったら、こだわるんだったらお金かかるなみたいな、そこにお金と時間かけたくないなってなっちゃって、結局無難な服を着るみたいなことをずっとコロナ前とかやってた気がしますよね。だから時々、その無難でいいときはいいんだけども、なんかちょっと個性があってもよかったかなぁみたいな場面に行ったときに、少し自分で自信が持てなくなる瞬間があったりだとかね、そういうのはあったかもしれない。だから服って結構なんか大変だわと思いましたね、思った以上にその、なんていうんですかね、自分の意思でコントロール、自分の意思だけ着たい服を着るみたいな感じで決めにくいものなんだなぁと思いました。着たい服を着るぐらい自分のその感覚を信じて、とかコンセプトを自分で決めて、このコンセプトだからこうなんだとか、僕なんかそうですよね、もう寒いってなってるから、別にもう周りがどう思うかとか知るかって感じでいけるんですけど、そこまでいかない場合って、着たい服っていうのと、要はこういう風に見せたい自分とか、でもこう見られたい自分とか、でも今時だとこう見られちゃうよなみたいな部分とみたいな、そういういろんなことを総合して服って選ばないといけないから、割と疲れるよねって思いました。よほどそれ自体を好きじゃない限り、疲れるよなと思いましたね。

全身ユニクロみたいな人も増えてるみたいな、多分そんな感じがしますけども、そういうのは割と僕のいつでも作務衣ですに結構近い考え方なのかなと思いますね。作務衣ほど奇抜じゃないというか、市民権をユニクロを得ていると思いますので、より無難さがあるというか安全性が高く、かつユニクロに行けば一式で全部揃うということで、ユニクロの中で完結させるとかだと、価格帯も安いし、最低限のクオリティもあり、デザインも大丈夫だしみたいな感じで、ユニクロでいいじゃんっていう風にしてる人もいるのかなと。もしくはちょっと個性はあるんだけども、その感じを自分のイメージとするとして、メインの自分の好きなブランドを決めちゃって、もうそこでもう大体整えて、足りない部分を補填するみたいな感じ、そういうやり方もあるんでしょうね。あるんでしょうねってか、結構そうなっちゃうんでしょうね、よっぽどファッションが好きじゃない限りは、特定の自分が好きなブランドみたいなのに落ち着いていくっていう感じなんでしょうね。僕も結局作務衣って決めてるのに、それぐらい狭く決めてるのに、モンベルの作務衣って決めてるみたいになってますもんね。でたまにイベントで登壇するとか、ちょっと人前に立つみたいな時に、少しフォルムの違う作務衣というか、見え方が違う作務衣を1着2着持っててもいいかなみたいな、そんな感じで持ってはいますけど、大変ですね。

ファッションはだからすごいねちょっと、すごい認知的なリソースが奪われるなぁと思いました。だからそれ買う時ももちろんそうだけども、毎朝服を選ぶとかもそうなんだなと思いますよ。今日何の服着ていこうかなって迷ってる人とかいるじゃないですか、あれは今まで何をそんなに迷ってんだろうとかって思ってたんですけど、昨日買い物に行ってみて、いや迷うよなって思いましたね。迷うよなっていうか、結構その認知的なリソース奪われるよなぁと思いましたね。スティーブ・ジョブズとかが同じ服ずっと着てるみたいな、着る服のことでこの思考のリソースを使いたくないみたいな、なんかそういう理由だったかなと思いますけども、まあすごい理にかなってますよね。僕はもうなんかそういう感じでやったわけではないんですけど、気づいたら作務衣になっちゃって、気づいたら作務衣しか持ってないみたいな状態になっちゃって、結果ね、知らず知らずのうちにそのファッションに対しての意識、認知のリソースとか経済的なリソースを割かずに生活してて、すごく快適だから、なんか大変だよねやっぱね、ファッションは。

家に着きました。ちょっとファッション大変だわって思いました。なので皆さん、どうですか、どういう感じでファッションと付き合ってるんですかね。もしも自分のスタンス決めきれずに、ファッションしんどいんですよって思ってる方いらっしゃったら、もう思い切って、今までその人生で生きてきた中で、このブランドが自分は一番しっくりくるなーってものがあったら、もうそこを中心に組み立てるぞっていう、こうある種のなんかね、ある種のそのコンセプトとまではいかなくていいんですけど、なんかもうこのブランドで基本的には行くぞっていう感じで行くと、だいぶそれだけでも変わるんじゃないですかね。なんか買い物に行って思いました。すごく頭も使うしお金も使うし時間も使うし、そしてなんか自分の手の届く範囲ってここだなとか届かないなこれはみたいなことを、経済的な差みたいなものを見せつけられるというかね、この辺20万するのみたいなとか、そういうのを見ると、ちょっと資本主義みたいなものが内面化しやすくなっちゃうなとも思ったんで、とにかくちょっと選択肢を減らしてみるといいんじゃないかなと思いました。

本日は以上です。公園活動を応援してくださる方は、ぜひメンバーシップ、存在としての公園にご登録いただけると嬉しいです。それではまたご安全に。