存在としての公園 第1回

活動と人生/ノイズとゆらぎ/美意識と自意識

/ 23分55秒

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概要

新番組「存在としての公園」の第1回。夕暮れの雑踏の中、台本無視の独白。なぜ外を歩きながら収録するのか。「美意識」と「自意識」、2つのバランスで決まる他者との距離感について、など。


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第1話が一番難しいですよね。自己紹介に終始する番組もあれば、番組の趣旨みたいなことを説明する方法もあるし、何も説明せずに思いっきり通常回みたいなことをやって、後日どっかの回で自己紹介を改めてするとかですね。第1話が一番難しいなと思います。存在としての公園という番組を今回から始めるわけですが、実際はこの前身となる現象のラジオから番組リニューアルという感じなんで、第1話という感じでもないんですけどね。でもやっぱり名前が変わって第1話が始まると、第1話っぽくしないといけないのかなみたいな気持ちが出てきて困っていますね。

今、僕は東京にいるんですけども、品川区の自宅の近辺を散歩しながら収録しているんですけれども、この番組は基本的に外を歩きながら喋るというところに、歩きながらじゃなくてもいいんだけども、外で収録するということにはこだわっていきたいなと思ってます。なので、外の環境音が入ってるみたいなことがちょっと無理ですっていう方にとっては、聞き苦しい番組になってしまうんじゃないかと思いますが、もうそこは譲れないポイントですので、どうか慣れていただけると幸いでございます。

第1話、どうしましょうかね。一応番組の趣旨みたいなところで話していきましょうか。僕は存在としての公園というコンセプトで、公園活動なる活動をやっております。なんで、その活動のコンセプト、存在としての公園をそのまま番組名として掲げて、公園活動に関するいろんなお話、案内はもちろんのこと、日々の葛藤であるとか、アイディアであるとか、公園活動に関するいろんなことをここでお話できたらいいなと思ってます。

それをやってる僕は上水優輝ですね。40になろうかとしている、40になる寸前なんですけれども、あと2日ですからね。あと2日で40になりますが、何をしてるんだという感じですよね。公園活動ってなんだよとか、40になって何をしてるんだっていうことを、僕のことをこの回で初めて知った方、この回から聞いてる方なんかは、よくわからないというふうに思います。

膨大なアーカイブが残っております。現象のラジオという、この前身となる番組が残っておりますので、どうしても早めにそこがわからんことには聞けませんという方は、現象のラジオからさかのぼって聞いていただけると幸いでございます。ただ338話はありますので、全部聞くっていうのはちょっと、どこから聞けばいいんだってのがあるかと思います。ぜひ現象のラジオの最終回、338話を聞いていただき、そして存在としての公園が始まった背景みたいなところに関しては、334話、335話ですね、公園活動の整理1・2っていうエピソードを聞いていただけると、なんとなく2020年以降の僕のことがちょっと見えてくるのかなというふうに思いますので、今のうちに背景がわかって聞きたいという方がいらっしゃったら、それを聞いてみてください。

存在としての公園の中でも、公園活動のあれこれっていうのはちょっとずつ小出しにしていくと思いますので、全然前情報なくても大丈夫なように話していくつもりではいますので、過去を遡るのが面倒くさければ、それは別に聞かなくても、ちょっとずつ意味がわかってくるというような聞き方でも大丈夫かなって思ってます。

とにかくこの番組っていうのは、存在としての公園というコンセプトで公園活動なるものをやっている私上水優輝が、公園活動のあれこれを語るという番組。そしてそれは、今はちょっと意味がわかんないかもしれないですけども、僕の人生と直接、なんていうんですかね、密接に関わっていると。すごいバイク。僕の人生にも密接に関わっていることだったりもしますので、結局は僕の人生を語るということでもあり、日々感じていることを話すということでもあるという感じで、モノローグ、独白ですよね。僕のいろいろな人生のことを語っていく番組にもなるのかなと思っています。

収録方法については先ほどもちょっと言いましたけども、外を歩きながら、環境音を取り入れながらやっていくと。これをやっている理由としては、独り語りもかれこれ5、6年ポッドキャストでやってますが、部屋って毎回同じじゃないですか、自分の部屋って。今日も明日も明後日も変わらない同じ環境で喋ると、同じような自分しか出てこないということで、喋ってても意外性がないというか、自分自身。多分それは聞いていてもそうだなっていう感じになりそう。

でも、外を歩いていると、さっきバイクとすれ違ったみたいに突然刺激が発生したり、そういう強烈なものじゃなくても、今僕の目の前には両サイド一軒家が立ち並んで、住宅街なんですけども、この景色の中だからこそ出てくるとか、今11月後半のこの夕方6時半ですが、その空気だからこそ、今日の天気だからこそとか、こういう人とすれ違うからこそ出てくる自分みたいな、その環境との相互作用で、その瞬間にしか立ち現れない自分、現象として立ち現れているその時の自分みたいなものを録音すること。それが一回性の、その時限りの感じっていうのを、そのライブ感というか、そういうものをこの音源に残したいっていう、ちょっと揺らぎみたいなものを楽しみたいなと思ってるって感じですね。ちょっと何言ってるか分からないですね。揺らぎですよ。揺らぎを楽しんでいきたいという気持ちがあって、外を歩きながら収録しているという感じですね。

しかもあんまり台本もちゃんと書いてなくて、さらっとこういうことを話そうかなっていう短文のメモみたいなのは一応作ったんですけど、もうすでにほとんど見てないです。歩きながら思いついたことを話しているというような感じなんですが、この調子ですから、ナレッジ系のポッドキャスト大好きです、何か知識みたいなものを分かりやすく教えてくれる番組が大好きです、っていうかいけませんみたいな方にとっては、少し退屈な番組になってしまうかなと思います。

ただ、僕の考えでは、一人の人間の人生みたいなもの、そしてその人生を起点に行われる活動みたいなことは、結構一つのケースとして情報量も多いし、一つのケースにしてはすごく、そのケースから学べることも多いのかなとも思うので、ある意味ナレッジ系のポッドキャストだろうと思っていますし。

あとは、芸人さんのポッドキャストとかが大好きで、なんかこう笑わせてくれるみたいな、面白いって思わせてくれるみたいな番組が大好きな人っていうか、それしか聞けないんだっていうような人にとっても、すごく退屈な番組になるだろうなと思っており。僕は楽しませようと思ってしゃべる気は一切ないので、受動的に待っていたら、僕が笑わせることができるかっていうと、そういうことはないだろうなと思ってるんですけども、能動的になって何か感じようとするというか、面白いところを見つけようとするとか、何か気づきみたいなものは自分で拾いに行くんだと、そういう人にとっては、押し付けがましい「ここ笑うとこですよ」とか「ここが旨味ですよ」っていうことを一切しませんので、ご自身で引っかかったところを持ち帰っていただくというような、そういう主体性のある方にとっては多少相性がいいのかもしれないな、なんてことも思ったりします。

とにかくこの番組では、僕の人生ならびに公園活動ですね、公園活動っていうのはすごく対外的なものだったりするんですけども、それをやっている自分自身っていうところ、内面、そして社会にどう接続しようとしているかみたいなこと、僕の人生全体っていうことを結局は話していく番組になるよっていう、そんなポッドキャストですね。

で、キーとなる、また概念みたいな話になっちゃいますけども、僕は人と関わる上でというか、人を評価する、評価って言うとあまり言葉が良くないかもしれないですけども、でも人を見て何か感想を持ったり、この人と関係を深めていくのか、関係をあまり深めずに、何なら距離をとっていこうかとかっていうことを考えるために、やっぱり人を評価しなければいけない、まあしなければいけないというか、無意識だろうが意識的だろうが評価していると思うんですよね。

で、その評価をするというときに、僕はその人の美意識と自意識みたいなものに着目しています。あまりこねくり回す気はなくて、美意識っていうのはシンプルに言うと、何を美しいと思っているのかってことですね。もしくは何を美しくないと思っているのかみたいなところで着目しています。

そして自意識っていう意味では、これ結構説明難しいんですけど、シンプルに言うと、自分を見ているもう一人の自分がいるみたいな状態ですよね。自分自身を引いて見ている自分みたいな、その意識がどうなのかと。これはちょっと2つに分解できるんですけども、外向きの自意識、人からどう見られているかっていうことを見ている自分と、自分が自分自身をどう感じているか、自分の本音みたいなものを見つめるという内向きの自意識みたいなところがあるかなと思うんですが、そういった自分が自分を見ているもう一人の自分がいる状態、その人にとってのそれがどんな感じなんだろうなっていうのを見ていくと。この美意識と自意識のバランスによって、僕自身はじゃあどうかかわっていこうかなってことを考えるっていう、重要な参考データにするという感じです。

でも、美意識が自分とマッチするなっていう人とは、ぜひ関わりたいと思う。関わりたいという欲求は、美意識の共感とか共有できるなっていう感じの人とは近寄っていきたいというか、関わっていきたいなというふうに思うと。次に自意識は、僕がその人を見た評価みたいなものと、その人がその人を見ている評価みたいなことのズレがあまりにも大きいと、ちょっと危険人物かなと思って、距離感はすごく考えますね。

自意識がバグってるみたいなことを僕はよく言いますけども、自意識がバグってる人との関わりっていうのは、結構コミュニケーション不能状態に陥りやすいので、距離感は気をつけてますね。会話が成立しない。特に難しい局面で、コミュニケーションこそとても重要だっていう場面において、コミュニケーションが不能になるっていうのは最も最悪なので。結構近い距離にいると、そういう最悪な、難しい場面にも出くわしやすいと思うんですよ、近いだけにね。その時に乗り越えるどころか、かえって火種が大きくなるみたいなことにもなりかねないので、自意識がバグってる人とは、たとえ美意識が共有できたとしても、ちょっと距離感気をつけないとなと思って、距離感要注意人物として接していくというようなことをしています。

ちょっとややこしい感じしますけど、結構シンプルで、美意識が合う人と関わりたいし、関わり合いの距離感を考えるときに自意識を参考にするという感じで。もっといろんなことを見てるんだと思いますけども、シンプルにしたときには、そういう二つの指標というか、そこの美意識と自意識のバランスをよく観察しているという感じです。

僕が見ていると今話しましたけども、僕も人からいろいろ見られているはずなわけで。どういう軸でというか、どういう基準で見られているかというのはそれぞれあるかなと思いますけども、僕もこの番組を通じて、自分の美意識みたいなもの、自分が何を美しいと思っているのか、何を美しくないと思っているのかとか、自分がこの社会にどう見られているのか、また自分自身の内面を自分はどう見ているのか、つまり本音の部分というのはどのように自分は自分で感じているのかということなんかも、なるべく包み隠さずオープンにしていけたらいいなと思っています。

それはとても人に嫌われたりもするだろうし、時に嫌な思いをさせてしまうこともあるかもしれないんですけども、別に国営放送で強制的に流されているわけではありませんので、これを聞かないというのも一つの選択する自由があるかなと思いますから、不快にさせるかもしれないということに関しては恐れずに、自分の美意識や自意識みたいなことが、あまり事実とは反する形で伝わらないように気をつけたい、素直に発信できるようにというところは意識したいなと思っています。

今日話したいろんなこと、外で収録しているこの音の感じとか、公園活動って何だろう、興味あるなとか、僕という人物がよく分からんけどどんな人なんだろうって興味を持ってくださったとか、あとは美意識・自意識の話もそうですけど、どんな人物なんだろうって興味を持ってくださった方はですね、ぜひこれから、この存在としての公園、毎週2回、月曜日と金曜日、夜9時に配信していきますので、よかったら聞いていただけると嬉しいです。

台本通りスラスラ喋るみたいなことがおそらくできないので、喋りながら思いついたことを話したりして、脱線しながらとかね、結構回りくどい話をしちゃったりとかすると思うんですけど、その空気感込みで楽しんでいただけると何よりでございます。そういった意味では、あんまり真剣に正座して聞くというよりは、適当に流しながら、気になった言葉が出てきたとか、なんかちょっとこの話の展開、っていう時だけ真剣に、部分的に真剣に耳を傾けていただくみたいな感じで、なるべくリラックスした状態で適当に聞き流していただくぐらいの感じで聞いていただけるような、視聴イメージを持っています。

どのように聞くかは個人の自由ですので、僕のイメージに反する、正座しながら聞きますみたいなことがあってもいいんですけど、僕がちょっと想定しているのは、そういうリラックスした聞き方でちょうどいいような番組っていうのをイメージしてやっていこうかなと思っています。

初回なんで、こんなとこですかね。存在としての公園、これから配信していきますので、ぜひ番組フォローしていただけると嬉しいです。本日は以上です。存在としての公園を応援してくださる方は、ぜひメンバーシップにご登録いただけると助かります。それではまた。ご安全に。