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概要
今朝、毎朝の朝礼暮快が1000回を迎えた。歯磨きでもなければ仕事でもない、やらなくていいことを。それはとても誇らしいことだ。やらなきゃいけないことのほうは、頑張らなくてもどうせやるのだし。
全文
機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。
全文を読む(約9100字)
9月4日金曜日、お昼3時ですね。今日この時間しか収録できないなと思って、慌てて家を飛び出してきたんですけども、ギターが弾けるような場所ということで公園まで出てきたんですが、自撮り棒を忘れてきましたね。ギターを持って歌ってたりすると、ギターを持って歌ってる人がいるなっていう、そんなに認知的不協和はないじゃないですか。なんで歌ってんのかなとか思うかもだけど、弾き語りかと思う。けどギターを弾きながら一人で喋ってるみたいなのって、相当不気味ですよね、周りから見るとね。なのでせめて自撮り棒で、別にその映像を使うことはあんまりないんですけど、ギターを弾いて喋ってるところをカメラで回すと、今時だとSNSに上げるのかなみたいな感じで、独り言を言ってるわけじゃないんだって、ライブ配信してるのかなとか録画してるのかなと思われることで、その不審者度合いを和らげるという社会的な配慮をしているわけなんですけども。今日はその自撮り棒を忘れて、絶賛不審者としてこの収録をしているわけなんですが、天の恵みですね、雨が降り始めまして、公園に誰もいなくなりました。ある意味余計不審なんですけども、雨の中ギターを弾きながら喋っているっていう。近くに人がいないということで、そこまで何か脅威を与えるとかいうことがなくて安心しました。
というわけで、というわけでみたいな感じで始める番組ではないんですけど、始めていきたいなと思いますが、今日はちょっと記念すべき。今朝、毎朝やっている朝礼暮快っていう活動がありまして、Xのスペースで15分間喋るっていう、寝起きで思いついたことを喋る、ポッドキャストみたいなもんですよね。ポッドキャスト生配信みたいな感じで15分間やってるんですけど、それが1000回、第1000回を今日実施しました。
1000回続けるって、やっぱりちょっとどうかしてるなとは思いますけども、1000回続くことってあんまないですよね。特に、やらなくていいこと。やらないといけないことは続くに決まってるというか、40年生きてきて、ご飯を食べるってことは40年間続けているよねとか、呼吸を40年間続けているよね、そりゃあそうしないと死ぬからねっていう話で。生きているということは、それが続いていて当然ですみたいなことがありますよね。食事とか呼吸はちょっと大げさですけど、この社会に生きていて、そんなに資産もないってことがあれば働かないといけないっていうのも、仕事が続いているみたいなことも、そんなに珍しいことじゃないかもしれないし。けど、ライブ配信毎朝するって、別にやらなくていいことですよね。歯磨きじゃあるまいしですね。そしてライブ配信自体を何かマネタイズしてるとかだったら仕事っていうことになると思うんですけど、別に朝礼自体が何か有料サービスでやってるわけでもないから仕事でもない。いや本当やらなくていいことだよなっていう。そういうやらなくていいことを1000回続けてこれたことは、すごく誇らしい気持ちですね。
やらなきゃいけないことを頑張るなんて、そういうことは頑張らなくていいと思うんですよね。どうせやらなきゃいけないから。人間はもっとやらなくていいことを頑張った方がいいと思う。日本に生きててなんでこんな窮屈かって、みんなやらなきゃいけないことを頑張るからですよね。みんなやらなきゃいけないことを頑張っちゃうから、もっと頑張らなきゃいけなくなっちゃって、どんどん首を絞めていく感じになっちゃいますよね。社会全体としてというか、空気がそういう風になっていく。やらなきゃいけないことはどうせやるから、頑張らなくていいんですよ。やらなくていいこと、やりたいこととか、面白そうだなと思うこととか、自分が癒されるなと思うこととか、もっと個人的なことをみんな頑張った方がいいと思いますね。
一人一人がすごい個人的なことを頑張れば、多様性とか言わなくても十分その多様さが実現できると思うので。すでに多様性とはあるものですけども、そのあるものっていうのをやっぱりないものにしてしまうのは、あるべき姿とかやるべきことみたいなのをがむしゃらに頑張ることによって、それを強化してしまっていて、それ以外のものがあってはいけないものというか、外側のもの、周辺に追いやられてしまうと、そのせいなんじゃないかなって思うんで。やらなきゃいけないことをやらなくていいって、別にそこまで強烈に言うつもりはないですけど、やらなきゃいけないことは頑張らなくていいんじゃないかって、それぐらいは言っていきたいですね。周りから見たらどうでもいいけど、自分にとっては大事なことを、みんなもっと頑張った方がいいと思う。1000回やれたんで、そういうことはもっと言っていきたいですね。やらなくていいことを一生懸命続けてきた人間として、そこは語っていきたいなと思います。
例えば朝礼ってなんでやってるかっていうと、僕が朝ちゃんと起きるためにやってるんですよね。40年間、まあ30数年間、本当に早起きができなくて。目覚ましをかけて2個セットする、3個セットするとか、玄関のところらへんに置いてベッドで止められない、1回立ち上がって少し歩かないと止められない位置に目覚ましを置くとか、いろいろやりましたけど、それでもそれを止めてやっぱりベッドに戻って寝ちゃうと。朝起きれない人間がどうしたら起きれるんだろうかと思って、考えてやってみたら、意外とハマったというか、起きれるじゃんってなったのがこの朝礼でした。
毎朝決めた時間にライブ配信するって、そうするとそこに来てくださる方がいるんですよね。なので僕がその時間来ないと、その場が開かれない。だから何としても責任を果たさねばと思って起きる。自分の場合、人との約束があれば起きれる。なんか約束があれば5時でも4時でも起きれる。自分との約束だったら起きれないっていう特徴があるんで、社会との約束というか、誰かとの約束、具体的には誰かではないけども、その時間ライブ配信をやるよっていう約束を果たすということであれば起きれるっていうことが分かったんで。この朝礼を使って、ある意味僕は自分の早起きを実現している。朝礼で15分喋ると、かなり頭もクリアになって、朝礼が終わる頃にはシャキッと目覚めて、もういつでも仕事をできるぞみたいな感じで脳が覚醒するんですよね。だからそういう自分の1日の起動をする装置として、儀式としてこの朝礼を始めたっていうのが最初だったんですけれども。
やっぱりだんだん、来てくださる方が固定でね、毎朝来てくれてるなっていう人もいるしとかって思うと、一つの場になってきているなと思うし。始めた頃には本当にただ起きるためだけだったものが、AIとかがどんどん進化してきて、これを録音して文字情報として残していけば、膨大な自分の記録、その日何を思っているか、昨日あった出来事について自分はどう思ってるかみたいな、日記を詳細に残さなくても、昨日美術館に行ってこうでこうでみたいな話とかっていうのを朝礼で話してるから、それが全部文字起こしでデータとして残って、AIに解析してもらえるとかいうこともできるんで。最初は早起きのためだけやってたんですけど、自分の思考のアーカイブにもなるし。集まる人たちとの、自分が喋って聞いてっていう一方的な感じにはなっちゃうんですけども、でもその同期してその場を共有するっていう場にもなっているし。ただ個人的に早起きをするための活動が、そうやっていろんな意味が付与されていって、どんどんどんどんなくてはならない場に、自分にとってですね、なってきていると。毎朝来てくださっている方にとってもですね、そういう場になってたらいいなとは思うんですが、そこはちょっと求めすぎかなと思うので、なってたらいいなぐらいの願望を持つとして。個人的には本当になくてはならない活動になってきているという感じですね。
てな感じで、すごい個人的で周りから見たらどうでもいいこと、寝起きで15分配信するって何それって感じだと思うんですけど、でもそれが意味を持ち始める、何か価値を持ち始める、そういうもんなのかなって思うんですよね。公園活動だってそうですね。最初思いついて、これって本当にできるんだっけとか成立するんだっけと思って、最初公園でレジャーシートを敷き始めた時っていうのは、今もそうかもしれないですけど、僕自身にとってもわけがわからないっていう感じだったんですよね。公園でレジャーシートを敷いて、それが果たして場になるのかなって。でも続けて行けば、やっぱりそこは場になっていってるんですよね。フラッと立ち寄る場所になっている。
県外から、例えば僕が福岡に行った時なら福岡、今なら東京に立ち寄った時に、別の用事で来てるんだけども、ちょっと福岡に立ち寄ったんで公園が近くで開催してたんで来ましたとかね。東京に立ち寄ったんですけど、ちょっと公園とタイミング合わせて来ましたとか、観光地みたいなのが出ますよね。あとは物を渡す。いけない物じゃなくて普通の、大丈夫な合法の物なんですけど、ネット上で繋がった人とかに物を渡すのに、2人で会うのは怖いけど僕がいる場所だったらまあ大丈夫だろうってことで、しかも共通の知り合いだったりするってことで、上水のいる場所だったらいいだろうってことで、公園で物品を渡すとか。公園を待ち合わせ場所にする、まさに中堅8構造みたいな感じですよね。上水公園の場所をちょっと待ち合わせ場所にしましょうって言って、終わる時間まで公園に行って、公園が終わったらそのまま一緒に、その待ち合わせ者同士の人が出かけていくとか。あとは公園で出会った人同士が、そこで採用活動というかですね、別に採用しに来てるわけじゃないんですけど、たまたまちょっと今人がいなくてみたいな話を聞いて、どうですかとか言ったら、行ってみたいですみたいな感じで、そこから採用が成立して。そういうこともあるから面白いですよね。
公園で別に採用活動を支援しますとか、物品の置き渡しなら公園でとか、観光地ですとか別に言ってないんですけど、でもそういうふうに意味が付与されていくっていうか、そういうふうな活用方法が出てくるっていうのは、それは僕が場をあまり、こういう場所です、例えば公園ではおしゃべりする場所ですとかというふうに規定してないからこそ起こる、余白があるからこそ起こる現象だなと思って。まさに公園ってそういう場所だし、存在としての公園になってんじゃんって思うシーンっていうのがちらほら出てきていると。やらなくていいことをやってるんだけども、でも今ではやらなくてはいけないことというか、あったらいい場所、続いていったらいいなという場所、もっと盛り上がっていったらいいなという場所に、少なくとも自分の中ではなってきているし、よく関わってくださる方にとってなっていたらいいなと。これもやはり願うばかりでございます。そしてそういう人が増えていけば、この公園がいろんな人に支えられて、いろんな人が集まって盛り上がっていって、そうするとよりいろんな人同士のマッチングが起こったり、観光地になったり、物品の置き渡しが起こったり、まだ見ぬ何かになったりするんだろうなと思ってますね。
まだやりませんけど、ずっと温めているアイデアとして、余興っていうのを考えてますね。公園活動、上水公園ですね、公園にレジャーシートを敷いてただいるっていうのとはずらすんですけども、その前の時間とか後ろの時間に余興の枠を作ってですね、例えば僕がライブをしたりだとか、例えば太極拳をしたりだとか、例えばパフォーマンスをしたい誰かを招いて、その余興の枠で何かパフォーマンスをしていただくとか。なんかそういう催し物と言いますか、何か見て楽しいもの、楽しいか分かんないけど、見たいなと思うライブっぽいもの、体験っぽいものが差し込まれても面白いのかなと思ったりしてますね。いきなり誰かにお願いしてやっても、誰も集まらないとその方にご迷惑かかったりするから、まずは自分自身が余興のパフォーマーとしてやったりすることが、月に1回とか、分かんないですけど、たまにあったらイベント感があって面白いかなとか。そういうアイデアがいろいろあります。リアル公園でそういう拡張をしていく、活動自体を拡張していくということをやっていきたいなと思ってますね。
そんな感じでちょっとアイデアがどんどんどんどん公園を起点にしていろいろ出てきています。オンライン上水公園、何回か前にお話ししましたけども、今メンバーシップ限定で開放しているんですが、実質その課金サービスみたいになっちゃってますけども、寄付してくださっている方の特典としてオンライン上水公園を開放してます。これはなんで限定にしているかというと、オンラインってやっぱりどうしても治安が悪いじゃないですか。Xとかああいう場所を見てもお分かりの通りですね。だから完全無料開放みたいな、誰でもってオンラインをやっちゃうと、割とその匿名性ゆえに荒れやすいかなと思って開放してないとか。あとは自分のサーバーを維持するのに、あまり人が来すぎるとちょっと僕が支払い能力がなくてですね、誰でもいつでも来ていいようにしようとしても、なかなか財政的に難しいみたいなこともあり、複合的な理由でちょっと限定にさせてもらっているんですけども。
そのオンライン上水公園の中でも、バーチャル上に公園を作ってみると、ここにこういうのがあったら面白いかな、ここにこういうのがあったら面白いかなみたいな感じで、いっぱい構想が出てきます。なんかそこで公開収録できるんじゃないかみたいなアイデアは、この間お話ししましたけども。なんかそこに、例えばAI占い師を常駐させて、手相占いとかやってる人とかが道端とかにいるじゃないですか、ああいう感じで占い師を常駐させて、そこで占いをしてもらえるとかね。なんかそういう、公園の中にアトラクションというか、遊べる場所っていうのをいっぱい作っていけたらいいなとか思ってますね。今は掲示板があって、物理的な掲示板みたいなのが置いてあるんですけど、それを押すとXみたいにそこに文字が書き込めるみたいになってるんですけど、わざわざその物理掲示板まで行かないと見れないタイムラインみたいな、ちょっと物理空間っぽさを演出しつつ、バーチャル空間上にそういう公園を作って、そこでいろいろ機能というか、いろんなものを足していってですね、人が集まっても面白いような公園になったらいいなと思って今やってます。
なんか場を作るのがやっぱ好きなんでしょうね。ライブ配信ってそんなに場って言うほど場じゃないじゃないですか。一方的に配信してるって感じだけど、でも場の意識でやっぱやってるから、割と場作りっていうところに、他者と関わるという意味においては、場作りっていうのをすごい意識してるなと思います。表現みたいな方向になった途端、僕は他者が存在しなくなるというか。歌を歌うとか曲を作るとかになると、聴いてる人は心地いいかどうかみたいな意識じゃなくて、こういう言葉があったら励まされる人がいるんじゃないかとか、そういう観点じゃなくて、僕が言いたいことを言うみたいな、本当に僕しかいない世界で歌を歌ってる感じが、歌を作っている感じがする。それを多分20代前半の頃やりすぎて、それはそれで突き詰めていきたいけど、それだけだと寂しいなと思ったってことなんですかね。だから僕の中では、自分自身の表現を突き詰めるみたいなすごく個人的なことと、誰かと共有する場みたいなものを、この二軸しっかりやっていきたいんだろうなって、今になって改めて思うところですね。
雨が強くなってきましたね。このアコースティックギターは、お友達のツンコマさんが譲ってくれたんですけど。ツンコマさんがゴミ捨て場で拾ったギターを、長年押し入れで眠っていた、どうしようかなと思ってたギターを、たまたま僕が、ギター余ってる人いたら譲ってくださいってずうずうしく言ってたら、使ってないギターがあるんでどうですかって言って、あれはゴールデンウィークだったかなぐらいに譲っていただいて、そのギターですね。まさかこんなに活用することになるとは思ってなかったですね。公園で暇つぶしに、誰もいない時とかに暇つぶしに弾きたいなぐらいの感じだったんですけど、なんか先週ライブを見に行ってライブ熱が高まって、もしかしたらライブでこのギターを使うかもしれないですね。
これがまた、もらったギターで、あまりランクのことを言うのはあれなんですけど、すごく安いギターなんですよ。なので、本当は雨に濡らしたりしたら良くないんですけど、雨に濡れてもいいかなっていう、雑に扱えるところがこのギターの利点ですね。雑に使うことによってというか、使い倒すことによってダメになっていく、雨に濡れてダメになっていくのだと思うんですけど、でもこのギターなりにダメになった音じゃないですか。このギターにしか出せない音になっていくわけですね。これをちょっとギブソンのアコギで言えるかっていうと言えないんですけど、もともとゴミ箱にあったギターなので、安心して雑に扱える。雑に扱えるからこそ、いつでもどこにでも持っていける。だからこそ生活の一部になっている。面白いですよね。これが50万するギターだったら、やっぱりちょっと今日は持ってこれないし、あんま公園に持っていきたくないっていうか、ライブハウスとかでちゃんとライブするときにだけ持っていくみたいな感じで、大事に扱っちゃって、大事に扱っちゃうがゆえに結果あんまり触らないっていう。不思議なもんですよね。不思議なもんだなと思います。
なんかうまく言葉にできないですけど、冒頭のやるべきことを頑張るみたいなことと、やらなくていいことを頑張るっていうこと、ここは結構、なんとなく思いつきで言いましたけども、大事なことな気がしてきましたね。人類もっとやらなくていいことを頑張っていきましょうよ。それは個人的にはすごい、やるべきことというか、やりたいこととか面白いなと思っていること、興味があることですね。それをやっていきましょうよと。やるべきことはやっぱりやるんですよ、半分自動的に。だからあんま考えなくていい。
僕も春ぐらいから結構、生活が心配だみたいな話をこの番組でもしてきましたけど、収入源がですね、コンサルを辞めて、もうちょっと結構厳しい、貯蓄を切り崩しながら生活していくみたいな感じになりそうで、どうするのってちょっと思うんですけど。まあでも、貯蓄がなくなっていってどうにもならんなと思ったら、いよいよその収入を作っていくというか、仕事をしてバイトをするのか何をするのか、ちょっとその時にならないと分からないし、どうなるか分かりませんけども。それがやるべきことになれば勝手にやるんで、自動的に。でもそれは今この瞬間ではないから、やるべき時が来るまではやらなくていいと思うんですよね。そういうことをね、早め早めにやっちゃう、みんな頑張ってやっちゃうから、それがスタンダードになっちゃうじゃないですか。基準が高いんですよ、この国は。みんな窮屈、真面目すぎる。
やらなきゃいけないことは最低限やっとけって感じで、もっと心から、自分の心が喜ぶこと、内発的にやりたいって思うこと、興味がある、行ってみたい、知りたい、そういうことに時間とお金、自分の体力、認知のリソースを使っていってください。そういう人が増えていくってことはとても大事なことだと思います。そうすると、やるべきことを過度に頑張ってるって、こんなに頑張らなくていいんじゃっていう風に思う人がだんだん増えてきて、やるべきことのハードルが下がってくる。やるべきことって最低限やればいいじゃんって感じで、みんなもっと心が軽くなるんじゃないかって思うので。やるべきだからやるんですとかって言って、すごい肩の力を入れて目が血走ってるみたいな感じ、いやいやいやと、やるべきことは肩の力抜いて適当にやっておきましょうっていう。もういいじゃんって、やるべきことやってんだからさって、やってるだけで十分だよって、そんな頑張んなくていいよって思います。
家事とかもそうかもしれないですね。完璧に80点以上やらないとやった感じがしないって思う人は、いや80点じゃなくていいよって、60点でいいじゃんって、もういいよって。まあもしかしたら、なんか共同生活してて自分の家事に対してなんか言ってくる人がいたら、うるせえって、うるせえ黙れって、自分でやれよって言えばいいんですよ。やるべきことは最低限やる。もっとやりたいこと、興味があること、心が喜ぶこと、そういうことをみんなやっていきましょうよ。そういう空気を社会で作っていきましょうよ。僕は率先してそういうスタイルで生きて、そういうモデルケースとなって、なんかあの人いつも楽しそうだなって、自分もちょっともうちょっと楽しく、とかもうちょっと肩の力抜いてやろうかなって、なんかそう思ってもらえるような存在になれたらいいなと。なんか朝礼を1000回やった途端に思い始めました。そういうふうに背中を押せる存在になりたいと思ってますし。
それでもやっぱり日頃のいろんな仕事だ家庭だなんだと、環境に追い詰められて窮屈になっちゃう人、ぜひ公園に来てください。公園、それはまあ僕がやってる公園ってだけじゃなくて、その公園、物理的な公園という空間がとても開放感があって、なんか日頃のこととかが少しどうでもよくなるというか、まあいいかって思えるみたいな、そういう力が公園にはあるかなと思うんで、ぜひお近くの公園に遊びに行ってほしいですし。まあなんか一人だと寂しい、もしくはなんかちょっとコミュニケーションしたいって思うときには、僕がいる公園に遊びに来ていただけると嬉しいです。雨が降りだしてずいぶんたって、びしょびしょですね。ギターも変な音がしてきましたね。今日はこの辺でおさらばしたいと思います。公園活動を応援してくださる方は、ぜひメンバーシップ存在としての公園にご登録いただけると嬉しいです。またご質問やお悩み相談等ですね、受け付けてますので、概要欄にあるお便りフォームからお送りいただけると嬉しいです。匿名での投稿も受け付けてますので、お気軽にお願いします。それではまた、ご安全に。