存在としての公園 第20回

のび太と化す

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概要

AIで仕事を効率化する一方、自力でできなくなっていく不安。洗濯板で洗濯できないように「できないこと」も増えていく実感がある。それでも「公園活動」という身体性を伴う実践に全リソースを注ぐために、AIの力を借りることを選んだ、そんな朝の独白。


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機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。

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2月6日金曜日、朝7時19分です。最近散歩コースを変えまして、家を出て大通りじゃない方、住宅街の中を彷徨うということを毎朝やってるんですけども。朝礼暮快といって、朝7時から7時5分までXのスペースで音声配信、生配信をやって、朝外を歩きながら喋りながら目を覚ましていくという、朝の活動、このルーティンがあるんですけどね。住宅街の方を歩いていると、そっち方面に駅が結構いっぱいあるんですよね。10分15分歩くとなると、4つ5つぐらい駅がある気がするんですよね。そうなると、朝、歩きながら独り言を言っている時に、細い路地ですごいいろんな人とすれ違う。通勤中の人とかいらっしゃるのかな。それがすごい恐怖を与えているんじゃないかな、毎朝変な人が喋りながら歩いているという風に思われたら、近所だし嫌だなと思って。しかも通学路とかもあるんですよね。駅もいっぱいあるし学校とかも結構あるところだから、本当に不審者みたいになっちゃって、よくないなと思って。

最近は家を出てすぐ大通りの方に行って、大通りを渡って。本当、心理的なハードルなんですよね。道一つあるだけで、向こう側って感じがして、そこに心理的なハードルがあったんですけど、今言った事情で大通りの向こう側に渡ると、そっちはそっちで住宅街なんですけど、この向こう側感があるから、人とすれ違っても自分と無関係な感じがして大丈夫というか、不審に思われてもいいか、道の向こう側だしみたいな気持ちがあって。これ、一本の道を挟むことで全然気持ちが違うっていうのは、自分でも面白いなと思いました。

あと、渡った側の方が、住宅街といえど道が広くて、すれ違ってもそんなに圧迫感がないし、駅までちょっと遠いのかなこっちが、あんまり朝歩いてる人も見かけない。全然半分以下ぐらいの数なので、大通り側に散歩に来るようになって、少し朝の時間が快適になってきました。土日は登校してる人とか出勤してる人っていなくて、家の近所の、大通り渡らずに住宅街を歩いても人がいないからいいんですけど、平日は大通り側を歩くという感じですね。東京に住んで何ヶ月ですかね。9月に来たから、9、10、11、12、1で5ヶ月。5ヶ月経って、そうやって日々散歩コースが変わったりしてて。この公園も綺麗だし、割と新しいですよね。新しくて、過ごしやすいような場所で、思わずベンチに座りましたね。いい公園です。多分、時間帯になると子供たちがめっちゃ遊ぶような公園なんですかね。この公園いいな。はい、そんな感じで、最近は散歩コースは変わりましたっていう感じです。

1月の配信では、ずっと余裕がないっていうようなことを話した気がしますね。ちょうど1月の話ですけど、2月に入って本当に余裕ができてきました。やるべきことは相変わらず山のごとし溜まっているんですけども。やるべきこと、作業というか、一人で手を動かさないといけないことがずっと溜まりに溜まってて、1月はそれでいながら人と会う予定が詰まっててっていう。1月に限らずですけどね、去年の11月、12月もそんな感じで、毎年そうなりがちなんですよね。12月はテンション上がっちゃって、今年が終わるなぁみたいな感じになるんですよね。それでついつい人と会いたくなっちゃって、予定いっぱい入れちゃうみたいな。結果、やるべきことが追いつかず、来年に持ち越しですねって感じになり。でも年明けは年明けで、テンション高い時に組んだ予定が1月にまであってみたいな。結局1月ぐらいまで忙しくて作業が滞って、11月、12月の作業の負債みたいなものを2月から返していくみたいな。僕の人生にありがちな気がしてますが、ちょっとこの流れは今年で断ち切りたいですね。

予定を入れるということに対してすごく慎重でありたいと。本当にそれ、やらないといかんのかなっていうことは考えたいですね。やらないといかんのかなだけじゃなくて、本当にそれやりたいんだっけってことですよね。やらなくていいことをやるんだとしたら、それやりたいんだっけっていうことをちゃんと考えたい。付き合いでやるとかね、惰性で予定を入れるということは、もうしないように気をつけたいなと思っています。ハートが飛んでいきましたね。

今で言えば、最近は少し余裕ができた。手を動かすって意味では余裕がないんだけども、一人でずっと作業してたりもするんで、心に余裕ができてきて、やるべきことをやりながらも、こういうことってやっといた方がいいよなっていう、急ぎじゃないんだけどもきっと重要なこと、そういうところにも意識が向くようになって、ずっとやりたかったけどやれてなかったことに、ようやく手をつけ始めています。

AIはね、比較的早い段階から業務に取り入れていって、議事録を作ったりとか、ポッドキャストの音声を元にタイトル案とか概要欄を考えてもらったりとか、記事みたいなものにするのにちょっとドラフトを書いてもらうとか。ポッドキャストだとそんな感じですかね。あと何があるかな、リサーチとかでも使うし。あとは、ザ・仕事っぽい仕事、コンサル的な話とかでも、資料を作る時に素案を考えてもらったりとかもするし。何かをする時の初手、ゼロから6割とか7割を最初AIにパーンと出してもらって、それを自分で修正するみたいなやり方がもう当たり前になってきてました。長文のメールとかもそうですかね。長文で来たメールの返信って、正直、言いたいことは2行とか3行で終わるけど、長文に対してそれだと失礼みたいになっちゃって、温度感みたいなのがあったりするから、長文のメールに関してはAIに読んでもらって返信を考えてもらって、それを修正するっていう、資料作成と同じようなやり方でもはや返してたりすることもある感じですね。

とにかく、何にAI使ってますかみたいな話をしようとすると、大体何にでも使ってる。1から10までAIでやるなんてことはないけど、1から6、7ぐらいまでAIでやって、基本的に僕は修正するとか。要は、指示をして出てきたものに対して、これはまだ3割だからもうちょっと7割に持っていってくれっていうところの指示をする、7割以降は自分で手を動かしてやるみたいな風なやり方に、かなり変わってきてますね。もう議事録とか書けないんじゃないかな、長文メールも一から書けないんじゃないかなっていう感じで、使わなくなった筋肉が衰えていって、AIによってできることは増えたけど、自分でできることは減っていってる。そういう感じですよね、最近は。

川で洗濯、洗濯板で洗濯するみたいなのはもうできないのと一緒だと思いますね。洗濯機にボタンを押して洗剤入れてみたいな、そういう風なのを洗濯だと僕たちはもういつの間にか思っちゃってるけど、自分で手を動かしてゴシゴシやって洗濯するみたいな、そういうのはできないのと一緒で。長文のメールの返信をゼロから考えられないし、ゼロからパワーポイント作るとか、最近そういう場面が僕、減りましたから。というか、もうないと言っても過言ではないですね。プレゼンするような場面もないし、仮にスライドを使って前でお話しするような機会があったとしても、ああいうビジネススライドみたいなものじゃないと思うので。独自性出して変なスライドを作っても許されるような場面でしか、表でスライドを使って話すこともないだろうし、スライド作成ができる気がしないし。やりたくねえなって感じですね。だるいなって感じ。できることが増えて、できないことが増えていくっていう不思議な感じ。AIにやってもらうことで、どんどんのび太くんみたいになっていってますよね。助けてくれって、ドラえもん頼みになっているみたいな感じで。いいやら悪いやら。

まあでも、そこはもう振り切って、公園活動でやっていくんだという風に去年腹をくくったので。もうその他の、公園以外の労働みたいなものは、どれだけ自分がやらずにやったことにできるかみたいなことかなという風に思ってますので、自動化していきたいなという気持ちです。自動化、効率化ね。全自動はむずいけど、どんどん軽くしていきたいと。

その一環として、今まではチャット機能で一個一個のタスクをやっていたんですよね。このポッドキャストのエピソードのタイトルと概要欄を考えてみたいな指示と、また別でウィンドウを立ち上げて、別の指示をして、ブログの記事書いてくれとか、かたやこれについて調べてくれとかってことを並行してやってたりとかしたんですけど。それは並行でいいんだが、一個一個のタスクに指示を出してたってことですね。クロードというAIをメインで使っているんですが、先月コーワークという機能ができたりとかして、割と複雑なタスクにも対応できるようになったということで、使いたいのは使いたいなと思いつつ、なかなかそれこそ1月忙しくて、使いたいけど使えないもどかしさとか、それを使って仕事を効率化、仕組み化したいんだけどもなかなかキャッチアップできてない。スキルとかあるらしいけど、スキルって何やとか、いろんな概念をどうやって作るのか、どういうことなのかとか理解できないまま、結局使えないまま続いてたんですけども、ようやく落ち着いてきたんで。

昨日かな、1日、クロードコードとかクロードコーワークとか、いろんな機能を試して、自分専用のウェブアプリを作ってみたりとか。あとはね、ポッドキャストの概要欄とかも、1エピソードずつ、これのタイトル案と概要欄を考えてくれみたいな感じで指示してたから、例えばエピソードが10本あったら10回指示する感じだったんですけど。今はそのコーワークを使って、フォルダーに入れた、そのポッドキャストを編集した音声データとテキストデータみたいなのが、昨日10本くらい編集したんで、バーッとそのフォルダーにいっぱいあるわけですよね。そこに、タイトルと概要欄を番組ごとにどう書くかっていうのを一回、スキルみたいなので設定してるから、もうそこに入れておいたら、自動でどの番組のエピソードなのかってことを識別して、その番組に合ったタイトルと概要欄を考えてくれる、っていうのを一気にやってくれるとかして。前だったらそれを個別にやって、10本だったら割と1、2時間、2時間は言い過ぎかな、1時間ぐらいは結局自分がAIと往復でやりとりしながら作っていく感じだったんですけど、一回指示したら自動で出てくるという感じで。これは結構効率化できたんじゃないかっていう、そういう感覚が得られましたね。

そういうちょっと繰り返しの、よくやる作業なんだけど、まとめて一気に一つの指示でやるみたいなことができるようになったし、あとはこれがあったら便利だなって、自分用のアプリみたいなものを作ることもできた。その作るという最初の一手を昨日やったから、ちょっと時間もかかったし要領をつかめないところもあったけど、これをまた繰り返しやっていくことによって、AIとのチャットがだんだんコツをつかんで上達したように、仕事の任せ方みたいなのも、コーワークの使い方とかクロードコードの使い方みたいなのも、どんどん上達していくんだろうなと。人に頼むのが上手くなっていくんだろうな、AIに頼むのが上手くなっていくんだろうなということだと思うので、いろんなことが効率化できそうでワクワクしてますね。

そういうのも含めて、今年はとてもいい流れが来てるなと思ってますね。去年までの2年間で、その公園活動の、なんていうんですかね、今も下積み感、というか下積みの下積みという感じですけども、公園活動というものを無から考えて形にし、その形にしたものを去年メンバーシップという形で、持続可能なモデル、モデルだけですけどね、持続可能な状況ではないですが、モデルだけは作って、実践を2年間積み重ねてきて、いよいよ3年目に突入すると。なので、そのある種の活動のインフラみたいなのが自分の中で整っている。活動をいちいち考えなくていい、こういう活動なんだと、あとはそれを改善していくんだっていうところができるし。じゃあどうやってこれを継続させるんだっけ、継続できるように頑張っていかないといけないけど、でもモデルを考えないとか、そういうことに時間を使わなくていい。より良い実践と、その実践を伝えていくという、この2つに集中できる状況が2年間でできたなと思っているので、今年はそれをやるのみだと。

実践の部分は基本のルーティンがあるし、伝えるという部分でいうと、芸術祭を目指していくと。芸術祭を目指していく仲間もできたし、そして仲間との話し合いも結構順調に進んでいて、今年芸術祭に出るイメージも湧いているし。って考えると、今年やるべきことは見えている。そしてさらに、習慣の部分でも夜予定は入れないとか、ちょっと子供みたいになってますけど、スケジュール管理みたいなところも少し改善されてるし、食生活も改善されてるしっていう、すごくいい流れが来てる。そして幸い、このAIみたいなものもすごく賢くなってて、めんどくさいなって思ってること自動化できそうだみたいな。めちゃくちゃ良くないかって思ってるんですけどね。

と思って、この間の上水公園で聞いてみたんですよね。そうだ、上水公園をオンラインでやるっていうのを今週からやり始めて。寒い時期とか、寒いだけじゃなくて大雨の時期とかね、ひどい時にはオンラインでやってみるっていうのがあったらいいかなと思って、やってるんですけど。今週Zoomで開催して、結構みんな顔出しで参加してくださって、やっぱり良かったですね。顔見るって大事なんでしょうね。交流してる気持ちになれましたね。その前回のオンラインの公園の中で、結構日常的な話をしてたんだけど、その時に僕が、今年すごいいい流れが来てるなっていう感じなんですけど皆さんどうですかねみたいな、それぞれの所感を聞くみたいな感じだったんですけど。1年の流れとか考えたことはないとか、別に新年になったから目標とか、そういう今年はみたいな気持ちはないとか、全然手応えはないとかですね、みんないろんなこと言ってましたね。全然違うなって感じでした。だから僕はこの一人、勝手に今年なんかいい流れだなって思ってるってことが判明しましたね。

このポッドキャストでは割と自分のことを語っているから、そんな感じで自分自身の浮き沈みを喋っていたりするんですけど。よく考えると、選挙ですね。あさって衆議院選挙、投票日ですけども。ちょっと社会に目を向けると、地獄みたいなことがいっぱいありますね。今回の選挙も、自分の選挙区には何人いたかな、5人ぐらい立候補してるんですけど、誰にも入れたくないなっていう。強いて言うならこの人かな、とかもない感じの、入れたくないけど選ばねばならんみたいな、そういう気持ちですね。去年の参議院選挙とかは、どこに入れようかなみたいな、すごいワクワク、ワクワクというか、前向きに考えていたんですけど。今こういう状況だからこれだよなとか、ここがいいかもなとか、めちゃくちゃ考えがあったんですけど、今回の選挙は、ここもやだしここもやだし、これもやだなみたいな、どこにも入れたくないなぁ、どうしよっかなぁみたいな。今金曜日ですけど、未だにどこに入れるか自分で決めきれてないっていう、迷っているっていう感じですね。

そんな感じで、ちょっと社会の方に目を向けると一気にトーンダウンしちゃうんですけど、個人としては、そういう社会だからこそ公園の価値が相対的に高まるなと思っているというかね。公園をやらねばならないという気持ちになっています。そういった煩わしいいろんなことから一時的に解放されて、しがらみの中の人間、肩書きに縛られた機能としての人間ではなくて、ただの人として過ごす時間を持つと。それを一人でやるのもいいんですけども、やっぱり人間っていうのは、生物的に人との繋がりっていうのは必要とするものなんじゃないかなって思うんですよね。僕自身も結構一人でいるの好きな方ですけど、とはいえやっぱりずっと一人だと寂しい、誰かとつながりたいっていう気持ちがあるし。やっぱり人と、マウントのないフラットな感じで、かつお互い好意を持って言葉を交わす。別に有益な情報が手に入ったとか、哲学的に思考が深まりましたとか、そういうことではなくて、本当に挨拶をするとかね、ちょっと身の上話をする。世間話はしなくていいな、お互いの身の上話をするとかっていうことで十分ですね。元気が出る。この社会の中で人と繋がれているなというような感覚が持てる。仕事とかしてても繋がれるんですけど、プレッシャーの中で繋がっているけど、プレッシャーのない中で人と繋がれているという感覚が持てるというのはね、そういう時間大事だよなって思いますね。

それを自力でやろうとすると、結構人間関係の維持って大変じゃないですか。付き合いが発生して、この人と仲良くしていくためにはこれも行かねばならんなみたいになっちゃうと思うんですけど、僕とかなっちゃうんですけど。そう考えると、あんまり深くなりたくないなって思って距離を取っちゃうみたいな。そうすると、孤立したくないから人と関わりたいんだけど、関わるのはコストが高いなって、そういうせめぎ合いあると思うんですけど。公園だったらね、本当フラッと来てフラッと帰れるっていうか、そこに行けば話せる相手、話せるというか話していい相手がいて、僕もいますから、その場がトラブルにならないような、なんというか、安全装置としての存在もいるし。人と安全に交流して帰ると。別に毎日来ないといけないわけでも、毎週来ないといけないわけでもなくて、ちょっと久しぶり行くかなとか、もしくはちょっと最近寂しいなとか、一人でいるとずっと仕事のこと考えちゃうからちょっと気分転換したいな、誰かと話したいけど友達誘うほどじゃないなって時に、フラッと公園に来てね、人と話してリフレッシュして帰っていくみたいな、そういうこともできるかなと思うんで、今こそ公園だなと思ってます。

そういう活動により時間を割けるように。一番いいのは、メンバーシップのメンバーの数が増えて他の仕事を一切しなくてよくなったら、公園にもっと時間を割けるなと思ってますけれども、なかなかそういうわけにもいかず。仕事をしながら、公園しながら、ポッドキャストをやりながらという感じで、なんだかんだ慌ただしい日々を送っていますね。なのでその仕事の部分で、なるべくAIの力を使って効率化して仕事時間を減らすんだけども、生活がなんとか死なない程度に維持ができるという状態を作るという、そういう風にしていかなきゃな、していきたいな。そういう意味で、クロードありがとうという感じですね。どんどん使い倒していきたいなと思っています。

いよいよ本当に、AIと共存するというか一緒に仕事する感じ。パソコンないと仕事できんよねみたいなのと一緒というか、AIないと仕事できないよねとか、スマホないと生活できないよねとか、一緒な感じですかね。AIないと生活できないよねみたいな感じに、もうだいぶ移行しつつあって。これがもう今年、来年、再来年と3年もあれば、もうスマホレベルというかね、AIなんか今までどうやってやってたっけってことばっかりになっていきそうな気がしますね。実際スマホってそうじゃないですか。スマホないとやっぱり生活ができないですよね。情報収集のツールだけじゃないですもんね。人とコミュニケーションを取るツールでもあるし、それだとガラケーでいいじゃんみたいな話もあるんだけど、財布でもあるしとかね、いろいろ情報がここに詰まったりするから手帳でもあるしとか。要は全てであるってことを考えると、スマホ依存を避けたいからスマホを持ちたくないなって思いながら、スマホがないと生活が立ち行かない。

あと僕はあれですね、方向音痴なんで、Googleマップめっちゃ使うんですよね。本当に道が分かんないんですよね。Googleマップがない世界って、どうやって知らない土地で目的地に到達してたんだろうって。地図とか買ってね、地図見て行ってたんでしょうけど、すごいなって思いますね。Googleマップで現在地から目的地まで線引いてくれないと、とてもたどり着ける気がしない。だから、地図を読む力というか、地図を見て自分が目的地に着く力みたいなのも失っているし。あとはそうだな、小銭を掴む力も多分、見分ける力も失ってますね。昔は財布から小銭出して、何百何十何円とかを正確に出せたと思うんですけども、今は小銭を持ち歩かないし。小銭がいっぱいあって、何百何十何円って出そうとすると相当手間取ると思う。出すことがないからなんですけど、出そうとすると、えっとこれが何枚でみたいな。取るのがね、スピード感がなさそうですよね。仕事とかで、何ですか、牡蠣を仕分けるとか、そういうのに近いですよね。熟練した人はもう高速で、この牡蠣はここ、これ、これ、って仕分けるみたいな、できるけど、500円と100円と50円と10円を仕分けることができない気がしますね。

みたいな感じで、まあまあ人間は便利になっていくにつれて、どんどんその行為みたいなものが自分ではできなくなっていくっていう、そういうもんかなと思う。もうね、失ってもいいレベルのこと、小銭を素早くより分けることができる力はなくてもいいし。本当はね、洗濯とかできた方がいいんでしょうけどね。川で洗濯とかね、できた方がサバイバル能力という意味では良いと思うんですけど、多分できる人ほとんどいないと思うし。結構失ってますよ。だから僕も、パワーポイントを自力でゼロから作るスキルとか、長文メールを書くスキルとか、そういうものがどんどん失われていくんですけども、なんかあんまりそれを恐れずに、AIと共存の道を歩いていきたいなと思ってますね。そして公園ですね、本当に自分の身体性をフル活用してやることに、まず全リソースを割けるように、だんだんそっちに移行していきたいなという、そういう気持ちでございます。

8時になりそうですね、もうすぐね。ってことはもう30分くらい喋ったんでしょうね。今日はじゃあこんなところで終わりたいと思います。公園活動を応援してくださる方は、ぜひメンバーシップ「存在としての公園」にご登録いただけると嬉しいです。それではまた。お安全に。