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概要
存在が価値になる時代は、本当に人を自由にするのか。代々木公園の雨、AIの進化、プラットフォームへの集中を手がかりに、公園活動のこれからを問う。
全文
機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。
全文を読む(約10500字)
3月25日水曜日、夜7時53分です。今日は上水公園の平日夜開催。今日からZoom開催をやめて、公園に戻ってきました。冬の期間、この夜の時間帯というのが気温が結構やばくて、強い時にはもう1度2度だったかな、1月とかね。さすがにそれはいかんだろうということで、冬季限定というか、外での開催が難しい時限定でオンラインで開催するっていうのをやってました。最近もう春が来てだいぶ気温も上がってきたんで、そろそろかなということで代々木公園にやってきました。
あいにくの雨でびしょびしょですね。これ9時まで開催していますんで、本来、誰か来たら話せなくなっちゃうんですけども、今日のこの天気で人が来るとは到底思えないので収録を始めたという、そんな状況です。もし誰か参加者の方が来たら即収録終了ということになりますが、そんな感じでどうなのかわからない中、話していきたいと思います。
代々木公園にいくつか屋根のあるスポットがあるんですけど、全部占領されていて。結構ね、代々木公園ってホームレスの方が住んでたりするんですけども、この雨になるとその屋根のエリアに来てたりとかして埋まっちゃうということで、せっかく屋根があるんですけど、そのエリアが使えそうになく、今はなるべく葉っぱが生い茂っている木と木の間にいるんですけども、それでも隙間から雨が落ちてくるというような環境です。2度の公園にずっと待っているっていうのもどうなんだっていうことでオンラインで開催しましたけども、この雨の中でずっといるっていうのも、これどうなんだっていう気持ちにやっぱりなってきましたよね。なかなか公園って都合よく雨がしのげるようになってなくて、困ったなぁって感じですね。
屋根風の、なんていうんですかね、隙間だらけの、日陰は作るけど雨は通しますみたいなスポットがあって、あれはなんでなんですかね。それこそ、そこを宿泊施設にされては困るからということなのかなと思ったりもするんですけど、本当の理由はなんなんですかね。屋根風のスポットは全力で雨を通すから、そこに行っても意味がなくて、本当に屋根がある場所は結果奪い合いになって、僕みたいなぽっと出の人間が陣取れるほど甘いものではないと。常連の方に完全に占拠されているというような感じですね。
何の話をしましょうかね。歩いていると景色も変わって、目に飛び込んでくるものがあったりするんですけど、今日はずっと暗い森の中で佇んでいるという状況ですので、あまり視覚的に情報が飛び込んでくるような感じもなくて、何にも思いつかないですね。
2月からAI強化月間ということで、かなり仕事にAIのエージェント機能を使っていろんなことをやってきたんですけど、自動化していった先に自分がやることって、大きな選択を迫られてますよね。時間があるんだから何か自分で仕事を生み出してお金を稼ぐというような時間の使い方もあるし、公園活動をより広報に力を入れて、もっといろんな人に届くように頑張っていくと。本当は両方やらないといけないんですけど、ただ、時間の配分のバランスですよね。どういう風にやっていくのがいいのかなーっていうのは、すごく迷うところがありますよね。
あと前者の、仮に仕事を作っていこうみたいな時に、もはや僕に公園活動以外やりたいことがないから、やりたくないけど、これだったら人の役に立つかもねーみたいな、情熱のない、ただ生活のために何か生み出していこうとする感じになってしまって、それっていいんだっけみたいな気持ちがありますよね。いや、世の中そんなワクワクしながら働いてる人なんてほとんどいませんよっていう、そういう意見も時々聞きますが、っていうか実際そうなんだろうと思いますが、そういうもんなんだろうと思いつつ、バランスには悩みますよね。
実際、このメンバーシップ「存在としての公園」を応援してくださっている方もたくさんいらっしゃるんで、やっぱり公園活動でどうにかという気持ちが強いんですけど、なかなかがむしゃらにやったとて届くものでもない。けれども淡々とやり続け、そして改善を重ねて、より本質をねじ曲げずに、より多くの人に届けていくにはどうすればいいのかっていうことを考えないといけない。ここはすごく難しいところなんですけど、やっていかないといけないなと思いますね。
近未来というか、今後数年の話を。数年? 今後5年とか、公園活動にとってものすごく追い風な部分と、すごくネガティブなものが同時に起こっていきますよねって話で。まず追い風は、人が何かをする、機能を果たす、何かができるみたいなことっていうのはAIに置き換わっていく。全てとは言わないけれども、AIにできることが増えていけばいくほど、別に人間がそこと競争するときに同じくらいできるとしたら、もうその時点でかなわないですよね。
同じくらいできたとしても、24時間365日休まず、給料も安く働いてくれる。クロードのマックスプランでも100ドルとか200ドルですからね。月に3、4万、2万から4万ぐらい払えば、めちゃくちゃ優秀な感じで働いてくれるっていうのが現状ですから。でも、そんなに優秀じゃない新入社員の仕事未経験ですみたいな人を採っても、保険料とか合わせて月いくらだって感じじゃないですか。結構な金額ね、40万円払わないといけないわけですよね。だとするとクロード4人、4人じゃないや、4万円を、なんだ、10体みたいな感じの方がよっぽどいいわけで。しかも週5、8時間とかじゃないですからね。週7、24時間でやってくれるというわけですから。
同じくらいできるようになったときには、もうAIでいいよねっていうことで、何かができるということの希少価値がどうしてももう下がってきてしまう。じゃあ、何に希少価値があるかっていうと、もうその人の存在、その人であるということが価値になってくるとか、その人と一緒にいるとかね。人と人が一緒に時間を過ごすみたいな、存在そのものが、存在を感じることが価値になったときには、というか、ならざるを得ない。そういうところでしか人間は、もう今でいうところの価値を感じられないんじゃないかという話ですよね。
もちろん、いろんなものを生産することに価値を感じない方は感じるんだけども、それはもう全部AIでいいじゃんっていう感じにどんどんなっていくだろうと。僕なんかはもうすでにそう思っちゃってるんですけどね。ただそれは世間一般の認識からするとまだずれているみたいで、そんなことないだろうとか、とはいえまだまだということを言ってる人が大半な感じがするので、もうちょっと時間がかかることなのかなと思って、そこはいいんですけども。ただ、それがだんだん、これもAIで良くない?って思う領域が増えたり、思う人が増えたりしてくると、できるということではなくて、存在するというところの価値、その人の存在みたいなことに対する価値が認識されてくるんじゃないかなというのは、僕の予想ですね。
じゃあ公園の時代じゃんって思うんですけど、一方でもう一つの波というか、もうずっと来てる流れなんですけど、これがもっと加速していくだろうと。プラットフォームの力がどんどん強くなっていくよねと。XとかYouTubeとか何でもいいんですけど、そのプラットフォーム上で目立っている人、フォロワー数が多いとかね、インプレッションが多いっていう人が、まさに存在が価値になっていた時代にそうやって存在感を発揮すると、ますます価値になってしまって、一部の存在に、目立つ人に全部富が集中してしまうよねっていう問題がある。
だから、何ができるかっていうことで、できる人・できない人みたいな感じで分けた時に、もちろんそのグラデーションがあるし領域はありますよ、いろんなできること、できないことあるんだけども、できるってことに価値がなくなってくると、あんまり役立たずになっていくと。今まで大活躍しているということをされていたんですが、そんなに活躍できないようになってくると。じゃあ、やっと存在の時代が来るねって言ってるのに、存在そのものが価値だと言いつつ、存在を認知される人っていうのがごく限られた人になってしまって、その人たちに全部集中しちゃう。そういう懸念があるわけですね。
だから、存在の時代が来ると言いながら、両手放しでただただ公園活動をしているだけでは、実際に公園にいるだけでは、今日は雨なのでちょっとしょうがないところはありますけども、ただ一人で公園にいるだけになってしまうというね。誰かの居場所になったりだとか、実際にここに来れないにしても、この公園という場所があることで何か心が軽くなったりだとか、もしくはこの活動を通じて遠隔であっても人と人が何か接点を持つきっかけになったりだとか、存在としての公園が、僕が公園になっている状態というのがしっかりと周知されないと、世界に存在しないのと同じになってしまう。
存在に価値があると言いながら、プラットフォームに、そして人気者に全部吸収されてしまうと、存在に価値があるのに存在しないことになってしまうという、結構残酷な社会が加速してしまうなという懸念もあるわけですね。なので、なりふりは構いますけども、とはいえ知ってもらうための努力というのは、しっかりとしていかないといけないなと思っています。
3月から3年日記を書き始めたという話は、このポッドキャストの中でもしているんですけども、実は書き始めて早速止まっていて、1週間ぐらい書いて止まっているんですけども、今ちょっと試行錯誤テストをしてたりして。更新してない分の日付の日記もちゃんと追いかけて更新していきますんで、やめたわけではございませんので、読んでくださってた方はちょっとしばしお待ちください。
それとはまた別に、朝礼暮快という活動を朝7時から7時15分まで、Xのスペースを使って生配信というか、一方的に一人で喋っているんですね、朝散歩しながら。その場に同席というか、スペースに入ってきていただいたら15分間フルでお聞きいただけるんですけども、アーカイブ配信としてメンバーシップ限定で、まるまるそのスペースで配信したものを、noteのマガジンの方に残しています。それはメンバーシップ限定ということになっているんですけども、その中の切り抜きみたいなもの、15分の中の2分ぐらいを切り抜いた動画を、YouTubeのショートとTikTokとInstagramなどに今上げるようにしました。ここ数日のことなんですけども、そういうことをしています。
これでね、僕は割とポッドキャスト依存だったんですけど、というか今もそうなんですけど、発信がポッドキャスト一辺倒となっている上に、しかもこの存在としての公園ってポッドキャストがどんどん分かりにくい方向に行ってるというね、自覚はあるんですね。最近も話しましたけども、どんどん意味のない話をする方向に行ってるので、初めましての方がこの番組を聞いてこの番組いいねってなるかっていうと、なるとしたらよほど波長の合う方って、100人に数人いるかいないかみたいな確率になってしまうかなと思いますんで。
正直ね、人にわかるように、人に笑ってもらえるように、人に理解してもらえるようにみたいなことに死ぬほど労力かけてる人たちからすると、何を発信してんのってバカにされるようなことをやってると思うんですけども、ただ僕の方向性としては、別にエンタメでもないし、存在としての公園っていう世界観を伝える上で、純粋に発信する場所としてこのポッドキャストをやってますから、ここをあんまりいじりすぎたくないなって気持ちがあって。なので存在としての公園は今のまま台本を書かずに、いろんな場所を歩いたり、時にはこうして雨の中佇んだりしながら、思うがままに、即興で喋るっていうのに振り切っていきたいなと思ってるんですね。
ただ、それだけだとやっぱりニッチすぎる、分かりにくすぎるっていうのがあると思うので、いろんな発信もしていかなきゃなということで、朝礼暮快の切り抜きっていうのを始めました。朝礼暮快の方は15分って尺が決まっているし、導入っていうか、おはようございますみたいな導入があるんですけど、そういうのをカットして何かテーマに入ると、だいたい時間の都合上、ワンテーマ話したら終わりっていう感じになるから、意外と切り抜きの方が、というか朝礼暮快の方が、本題っぽいところだけを出すっていう意味では、3分聞いて何の話してるかっていうのがなんとなく分かるみたいな感じにもなるかなと思いますんで。
何か僕が考えていることとかはコンパクトにまとまっているっていう意味では、そっちを聞いていただくのもありかなと。意外と一見さんが聞くと、そっちの方が僕の考えとかで参考になったとか、もしくは逆に、何言ってんだって、それをきっかけに反論が浮かんで考えるきっかけになったとかね、いろいろあるんじゃないかなと。ぜひ朝礼暮快、フォローしていただけたらと思います。YouTube、TikTok、Instagramって言ったんですけど、ポッドキャストにも上がってます。そちらは音声だけですけども、朝礼暮快で検索していただけたら出てくると思いますんで。毎日3分未満のエピソードになってますんで、サクッと聞けるかなと思います。よかったら聞いてみてください。
そうだ、今朝の朝礼でもそれこそ話したんですけど、今のこの気持ちですよね。2度の代々木公園で育てただけの気持ちになっちゃってるなみたいなこと言ってるんですけど、こういう気持ちが芽生えてるのって本当ここ数ヶ月なんですよね。公園活動、僕はもうすぐ丸2年かな。上水公園に至っては毎週やったり、週何回かやったりしてるんで、最低週1回以上やってきた、週1.5回とかかな、平均すると。そういう感じでこの2年間やってきて、これ雨だなとか寒いなとかっていうのが本当ここ最近であるということが何を意味してるかっていうと、選択肢が増えたことによる気の迷いっていう感じなんですね。
どういうことかっていうと、最初、この数ヶ月前までは雨とか雪とか嵐とか関係ないと。もちろん、災害が起こって物理的に行けないって時には行けないし、僕が体調崩して行けないって時には行けないんだけども、そういう非常事態以外は、雨が降っても風が吹いても寒くても、その時間行くんだということを決めてたわけですね。つまり選択肢とかじゃない、もう行くということが決まってるから行く。そういうことにしてたんで、雨が降ってるかとかあんま関係ない、寒いとか関係ない、いることは決まっちゃってるから、そこに対して何か思ってもしょうがないから、もちろん大変は大変なんですけど、いるということをやってきたわけなんですが。
今年は特に週2回公園をやり始めて、かつその平日の夜とかに1度2度とかで、本当誰も来ないっていうのが結構続いた時に、1度2度で何してんだっけって思って、いろんな方に相談したら、さすがに人が来て、もうちょっと危険な寒さっていうのはもうオンラインでいいんじゃないですかとか、オンラインでないにしても公民館とかね、屋内とかでもいいんじゃないんですかみたいな感じでアドバイスいただいて、そうだなと思ったんですよね。本当は公民館でやりたいなと思っているんですけど、冬終わっちゃうし、場所決まっちゃってるし、公民館を使うのは次の冬でいいかと。今年はオンラインでやってみようということで。
気温が目安ね。10度、10度微妙だな、8度とか7度切ったぐらいの、ちょっと外にいるのは厳しいなっていう気温の時にはオンラインでやるというので、この2ヶ月ぐらいかな、3ヶ月ぐらいかな、やってきました。僕は外の公園にいるんですけど、参加者の方がちょっと寒さで風邪ひいたりとかすると良くないし、実際来て震えてる方とかもいらっしゃるから、あまり寒い中お呼び立てするのもよろしくないかもということでね、僕は外にいるんだけどもオンラインで開催するっていうのをやってきたわけですね。
そうすると、今日寒いから公園に行かなくてもいいかもとか、ちょっと雨強いし行かなくてもいいかもみたいな、少し条件が悪いと、安全な選択肢、楽な選択肢を選ぶ余地が生まれたわけですよね。基準がちょっと分からなくなっちゃって、今日も雨だし、じゃあオンラインにしようかなとか、そうコロコロ変えてるとわけ分からなくなっちゃうから、基準決めないといけないなみたいな話をした時に、これも公園に来てた方にどう思いますかとか意見聞いたら、危険かどうかっていう基準でいいんじゃないですかと。
寒いかどうかとか雨かどうかじゃなくて、危険かどうか。例えば平日の夜、1度2度で公園にずっといるのは危険ですよね。ちょっと体が弱い人とかはすぐ風邪ひいちゃうレベルのやつだと思うんで、ちょっと危険な寒さであると。だから、雨も今日はパラパラ降ってるだけで別に危険ではないんですよね。だからこういますけども、これがじゃあすごい大雨で危ないよってことであれば危険ですから、じゃあオンラインに切り替えますっていうのでいいのかもしれない。一つ基準として、危険かどうかっていうのを設けることにしたんですね。
なので、ある意味条件としては分かりやすくなって、今日って危険なんだっけっていうことを考えれば、今日は危険じゃないから現地ですっていうことで今日はここに来たわけですけども、心のどこかにやっぱり選択肢が与えられてしまっている。危険なときにはオンラインでやってもいいんだっていう選択肢が。それによって、これ不思議なもんで、ちょっと危険ということにしてオンラインにしようとかまでは、さすがに思ったりはしないんですけど、オンラインという可能性があったのに雨の中現地に行って、結構雨に濡れてしんどいなみたいな気持ちが芽生えるわけですよね。実際に今しんどいなと思ってるんですけども、選択肢があるということが、そのような迷いを生じさせてるなっていうふうに思ったんですよね。
選択肢がないとどうなるかっていうと、本当不思議なもんで考えないんですよ。例えば朝礼暮快って、さっき切り抜き配信してますって話しましたけども、朝7時から7時15分の15分間、365日、日曜日とか休日とか関係なくやってるんですね。さっき言ったみたいに、僕が体調が悪いとか、インターネットが遮断されてますとか、もう物理的に無理な時以外はやってるんですよね。実際もう1年2ヶ月、3ヶ月ぐらい毎日休まずやってるんですけども、盆正月問わずやってます。そうすると、やるかやらないかとか考える余地が1ミリもないわけですよね。やるって決まってるんで。そうすると雨だなとか、今日めっちゃ寝不足だなとか、ちょっと体調悪いなとか関係ないんですよね。やるっていう。ああ主人になるなって、朝礼には絶対出るわけですよね。だから、選択肢を持たないっていうことの大事さもあるなって思いました。
上水公園に関しては1月にそういったオンラインに移行するとか、雪が降った時もあったんですよね。雪で電車が止まるまではなかったけど、ちょっとどうなのっていうレベルの時があって、それで1回急遽オンラインに変えた日もあったりとかして。そういう変更ありみたいな可能性を、選択肢を自分に与えてしまったが故に、それが自分に気の迷いを生じさせているという、それが今日の雨をよりしんどくさせているなって思ったんで、ここはちょっと心を入れ替えて。選択肢ゼロではないんだけども、実際やっぱり危険だったりすると場所を変えたりした方がいいと思うんで。関係ないんだと、雨だろうが風だろうが寒かろうが現地に行くんだと。
誰か来れる場所を作っているっていう時に、もちろんそこで来て話せたら僕は嬉しいんですけど、たとえ来れなかったとしても、誰も来なかったとしても、その時その場所があったということ、行こうと思えば行けた場所があったということ、そこが作り続けられているということ、何かあったら行けるという場所があるということ、そこをちゃんと守り続けることがとても大事なことなんじゃないかなと思っているんで。雨降ったから今日誰も来ないだろうからやめとこうじゃなくて、それでもその日その場所に、スケジュールに書いている何月何日何時にどこと書いている部分については、絶対この人はこの時間ここにいてくれるなっていう安心感を、信用を積み重ねていく必要があるなっていうふうに思っているんですね。
それがやっぱり心のどこかに、公園のようにですね、何かあったらあの公園行けばいいやっていうね。家族と喧嘩して家に帰れないな、公園のベンチで缶コーヒーでも飲むかみたいなね。仕事クビになったけど、ちょっと家にこの時間帰れんな、仕事クビになってないことにしとこう、ちょっと公園に寄ろうみたいなやつですよね。そんなんでもいいし、ちょっとむしゃくしゃすることがあったから公園で人と喋ろうでもいいし、なんでもいいんですけど、暇だからちょっと寄ってみたでもいいし。その時に、あ、今日代々木公園にいるんじゃないかな、行ってみようかなみたいな、フラッと寄れる場所を作っていくって意味では、やっぱり安定感が大事だと思っています。やったりやらなかったりするっていうのは本当に良くなくて、安定して場所を作り続けていくってことをやっていかなければなと思っている次第でございます。
はい、雨ですね。そんなことを考えているんですが、一方で前半で話したみたいに、これからの時代、ベーシックインカムとかね、導入されて最低限死なない暮らしっていうのができるところまで社会が進めば、正直僕は公園にいればいいというか、生きていけるわけだし、公園活動により安心して取り組めるし。全国各地移動するにはちょっと資金がいるので、どうしてもメンバーシップの方のご支援っていうのがその移動費になったりとか活動費になったりすると思うんですけども、その全部の整合性が取れていく。生活費までメンバーシップの方の支援で稼がなくていいってなると、だいぶハードルも下がっていくし、より公園の時代に、公園活動の時代になっていくなっていう感覚が持てるので。
ベーシックインカムが訪れるまでの、訪れるかどうかもわかりませんけども、それまでの、死なないようにするっていうのをどうするかっていうのは考えないといけないですよね。ぼーっとしてると本当に仕事もなくなってしまって、じゃあアルバイトするかってなると、アルバイトってどうしても時間を売って、というか自分の体を拘束して、その時間働くって形になっちゃうと。
バンドマンとか演劇とか芸術系の人あるあるなんですけど、俳優になるって言って頑張ってたりとか、女優になるって言って頑張ってるはずなのに、生活のためにバイトしないといけなくて、バイトが結局主になってるとか。で、稽古とかね、ツアーに出るってなるとその時間はバイトに入れないから収入が絶たれる。そうすると、その収入が絶たれる分まであらかじめ貯金しとかないといけないから、日頃働ける時に猛烈に働くみたいなことをして、結局本業の俳優だとかミュージシャンみたいなことっていうのが後回しになって、睡眠不足、体ボロボロ、精神も頭も全然働いてない中でそういうクリエイティブな活動をして、全然パフォーマンスが発揮できてないと。実際生活も立ち行かなくて、明日食えるかどうかみたいなことばっかりがまた頭の中のリソースを奪い、クリエイティブなことにまたリソースを割けないっていう悪循環に本当に入っていくんですよね。
僕はバンドマン時代そういう風に結局バイトに追い込まれていって、何してるんだっけってなって、働くことをちゃんと考え始めたみたいな経緯があったりして。多くのそういう、うだつの上がらないバンドマンとか売れない俳優さんとかがたどりがちな道があるんですけども、この公園活動も一歩間違うというか、結構そういう路線になりかねない。たまたまこの10年ぐらい頑張ってきたことっていうのが貯金というか、それはお金の貯金というより、割と場所を選ばず働けるとかね、そういった土台ができたのは良かったんですけど、別にお金をたくさん持ってるわけではないから、そういうベーシックインカム時代が来るまで食いつなげるみたいな資産があるわけでもなく、普通に死ぬかもなっていうのがあるので。
そういった悪循環に入っていかないようにどうするかなという1年、今年は結構その辺の時間の使い方が、3年4年5年を占う大事な1年になるなと思っています。まだ答えは出てないんですけども、公園活動はあくまでその種なので、公園活動に支障がない形で何か生活を安定させれたらいいなというような、中長期的にね。中長期的に生活が安定してる人っていないんだけどね。今、資産何十億かありますみたいな人とかは、それは一気に収入がパッと止まってもその資産を一旦食いつぶしていけば10年20年持つわけですから、社会が切り替わるまで粘れるんでしょうけど、そういう人はもちろん多くないわけですから、多くの人がこの数年どうしていくんだっけって話なわけですから、僕だけがそんな危機感を持ってやっていく必要もないと思うんですけども、赤信号みんなで渡れば怖くないってほどの感じでもなく、赤信号怖いって感じですから、ちょっと考えないといけないなと思っています。
はい、8時42分。あと18分ここで佇んで帰りたいと思います。帰ったらあったかいお風呂に入るぞ。本日は以上です。公園活動を応援してくださる方は、ぜひメンバーシップ「存在としての公園」にご登録いただけると嬉しいです。それではまた。ご安全に。