存在としての公園 第63回

今いる場所で今できること

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概要

週の終わり、同調圧力に負けて向かった蒲田のフィリピンパブで、80代のおばあちゃんたちと共に知らな人たちの爆音のカラオケを浴びる。曲と曲の隙間、太極拳の先生から聞いた壮絶な半生の話。


全文

機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。

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7月4日土曜日、夕方4時30分ですね。今日は代々木公園で公園をしまして、終わったところでございます。最近はギターを持ってくることが多いですね。弾く気があるわけじゃなくて、手遊びの道具として。公園でアコースティックギターというのは最高ですね。アコギって見た目が大きいから持ち運びが面倒くさそうですけど、思ったより軽いんですよ。ケースに入れて運べば、リュック一つと変わらないから、そんなに大変でもないっていう感じ。

オカリナをやるって言ってから、どれくらい経つんだろう。1年数ヶ月経つんですが、ほとんど吹いてませんね。買った当初に練習をちょっとだけしたっていうだけで、その後ずっと吹いてない。公園でオカリナを吹いたら楽しいかもな、手遊びにいいかなと思ったんですけど、笛ですからね、息を吹かないといけない。思ったより適当にやれないっていう、適当にオカリナを吹けない問題があって。適当にやるにはアコギぐらいがちょうどいいですね。

こうやってポッドキャストを撮りながらでも手遊び的にできちゃうのは、やっぱりいいですよね。オカリナを吹きながらは喋れませんからね。こうやって弾き語りができるのはいいですよね。喋るだけだと、どうしても沈黙の時に焦るというか、何か喋んなきゃいけないなっていう気持ちになるんですけど、ギターがあると沈黙の時は沈黙の時でまあいいかっていう気分にもなれる。公園の空き時間、待ち時間、一人の時間の暇つぶしにもなるし、ポッドキャストの一人語りで焦らず喋るにもいい。こんなに良い道具はあるんだっていう感じですね。

ちょっと今日は疲れてますね。今週、飲み会が結構あって。結構ってことでもないか、単純に2日続いただけなんですけども。禁酒をしだして最初の飲み会だったのかな。改めて、お酒を飲まないのにお酒を飲むような場所に行くっていうことの必然性みたいなものが、あまり感じられなくなってきてますよね。外食イコールお酒ではないですし、お酒を飲まない人もいっぱいいますけど、僕は外食をする、誰かととなったら、まあ居酒屋に行くとか、そういうことが多くて、いつもそこにはお酒があった。夜、外食をして人と交流をするイコールお酒を飲むみたいな感じで30代後半を迎えてしまったので、シラフでお酒を出す店に行って、そこでシラフでいるってことが、すごくしっくりこないっていうかね。

久しぶりの友人たちに会えて楽しかったんですけど、同窓会みたいな気分でしたかね。10人くらいの飲み会だったんですが、数年ぶりに会う方も結構いて、変わらず元気そうで、そういう元気な姿を見れて、おしゃべりできて楽しかった。でも、お店にいるということがよく分かんない気持ちになるというね。厄介ですね。何なんでしょうね。慣れの問題と言われればそれまでなんですけど、今さら慣れていかないといけないかなっていう気持ちもあるというか。お酒を辞めた後の人生について、つまり今これからの人生についてはよく考えていかないといけないなと思いますね。

お酒だけじゃないですね。朝4時50分に起きる、そんな生活をしている今、夜の予定を入れるということはどういうことなのかっていう。夜はゆっくり休む時だろうと、頭ではそう思うわけですよね。実際は夜に予定を入れちゃって、次の日に睡眠不足でいまいちパフォーマンスが発揮できない、何やってんだっていう自己嫌悪に落ちるっていうようなことを繰り返しております。

そっか、今週、飲み会が2回あったのと、サッカーの試合を見に行きましたね。日本対ブラジル戦のパブリックビューイング、渋谷の東方ステーマーツですね。映画館の大画面でサッカーの試合を見るっていう。それが夜中の2時からだったんで、ちょっと飲み会以前の問題ですよね。夜中2時からサッカーを見て、始発で家に帰ってくるっていうのを火曜の夜中にやって、水曜日はちょっとスタッツで、木曜、金曜と飲み会があった。そりゃ疲れますわ。とにかく、朝4時50分に起きる人間の生活ではないなと思うので、改めないといけないなって思いますね。

ダブルですよね。朝が早いということと、もう酒を飲まなくなってしまったから居酒屋的な場所で過ごすことの違和感と。その二つを考えた時に、夜、誰かと食事をするみたいな会食的なものは、会食をする必然性が必要みたいなね。何かの打ち上げとか、何かの式典の後のパーティーとか、そういうのでないと、もう夜参加する理由みたいなのがあんまり見つかんない。友達に会うのも、夜居酒屋で会う必要はなくて、本当に会いたかったら日中カフェとかで会えばいい。夜で会う必要がない、居酒屋で会う必要がないということをなんとなく考えさせられる根性でしたね。若い時代はすごく楽しかったんですけどね、生活リズムとの兼ね合いでっていう感じかな。

それが木曜日の夜で、金曜日は太極拳ですね。朝の太極拳に来ているフィリピン人の方が、知り合いのフィリピンパブみたいなところを貸し切ってパーティーをやると。だから、おいでよっていうことで、多分5月ぐらいから、2ヶ月ぐらい前からすごい誘われてて。歌ったり踊ったりして楽しいからおいでっつって。別に歌ったり踊ったりしたくないんだけどなと思いながらも、押しがすごかったし、他のメンバーも行く感じだったんで、ちょっと同調圧力に負けて、というのと、どんな回なのかなっていう怖いもの見たさもあって、参加しますってことで行ってきました。

蒲田にあるフィリピンレストランって感じだけど、まあ本当フィリピンパブみたいなところですね。ちょっと広めのところで、ボックス席がいっぱいあって、ミラーボール的なものがめちゃめちゃぶら下がってますみたいな、ステージもあってっていう。ビュッフェ形式でフィリピン料理が並んでて、自分でとって食べる。ソフトドリンク飲み放題で、アルコールはキャッシュオンで、その場で追加追加で払っていくっていう感じだったと思うんですけど。80代のおばあちゃんたちと一緒にフィリピンパブに行くという謎体験をしましたね。パーティーと言いつつ、結局通常営業みたいな空気感もあって、だから貸切じゃなかったのかな、あれ何なんだろうな。

一応そのフィリピン人の方の知り合いがたくさん来ていて、太極拳の仲間と、あとはなんか英語の先生をしているらしくて、その生徒たちですよね。見た感じ大学生ぐらいのすごく若い男女が20人30人ぐらい、それに僕たち。それで多分4、50人いたんですけど、それとは別に外国人の方が30人ぐらいいたのかな。なんか100人ぐらいいたんでしょうね、あの場所。それでもまだ結構席に余裕があったから、だいぶ広いですね。ただ、ステージがあるような店ですから、ずっとカラオケですよね。6時ぐらいに着いて2時間半ぐらい、その100人ぐらいにひたすら歌が流れる、そんな場所で。

歌いたくないですけど、誘ってくれたフィリピン人の方が、めちゃくちゃ僕に「曲入れたよ」って言ってきて。「いや入れてないです」っていう感じで言ってたら、8回目ぐらいでちょっと切れられて、「歌聴いてるだけじゃダメよ」みたいな感じで言われて。しょうがないから1曲だけ歌いました。オリジナルラブの接吻ですね。何を歌っていいか分からなかったんで、いくつか迷ったんですけど、まあ暗くないみたいな感じの曲にしようってことで歌いました。家に帰って思いましたけど、SMAPの夜空ノムコウとか歌えたなと。今日朝4時50分に起きて太極拳に来ましたから、明日がもう待っているっていうメッセージを太極拳のメンバーに伝えるためにも、夜空ノムコウを歌った方が良かったな。でも歌ったことないんで、カラオケに夜行く場面があったら、夜空ノムコウを歌って帰るっていうのをやろうかなと思いますね。

8時過ぎて、ステージにケーキが用意されて、7月生まれの人の誕生日を祝えますみたいな感じになりまして。7月生まれの人はステージにどうぞって感じで、一斉に7月生まれの人をお祝いするっていうことだったんですけど、ステージに上がったの3人だけだったんですね。7月生まれの人の誕生日パーティーっていうたてつけっぽいのに、100人くらいいて7月生まれ3人しかおらんのかいっていう。しかも後から聞いたら、一人は主催者だから7月生まれかどうかもわからない、一人は7月生まれ、でもう一人は8月生まれなのに何かステージに上がってて、事実上2人か1人ですね。主催者が何月生まれかちょっと特定できてないんで不明ということですけど、1人は8月生まれなんで、3分の1か3分の2しか7月生まれじゃないっていう。しかもその7月生まれの方は、誕生日を祝われるような、お店にゆかりのある人とかでもなくて、本当にたまたま来た朝の太極拳のメンバーの夫ですね。たまたま参加したら7月生まれで、ステージに上がって、その人の誕生日会みたいになってて面白かったですね。

とにかくずっと、誕生日ケーキまでの2時間半ぐらい爆音カラオケで、80代のおばあちゃんたちと会話をするにはちょっと厳しい。若者であれば声を張り上げて会話すればいいんですけど、マジで何言ってるか聞こえない。そんな中、曲と曲の間のちょっとした隙間に喋るっていう感じでした。太極拳の先生とちょうど正面に僕はなったんで、その隙間で昔の話とかをちょっと聴いたんですけど、やっぱり壮絶ですね。

今80前後の年齢なんですけどね。高校を卒業して就職、それが東京の一部上場企業ですね、有名な企業なんですけど、そこに就職して。当時、だから60年前とか、1970年代とか、60年代か70年代ですよね、そういう時に田舎から東京に出てきて就職して、その時点ですごいなって思うんですけど。当時はまだ、今もかもしれませんけど、今よりもはるかに女性が正社員で働いていくっていうのはいろいろ過酷だったと思うし、先生も過酷だったとおっしゃってて。というのも、仕事で出世するってことを女性が期待されていない、期待されていないどころか、システムとしても上がれないようになっちゃってる、頑張っても役職がつかないっていう。それはすごいねと言ってましたね。

で、先生がすごいのが、まず結婚でみんな、っていうか結婚した人が退職していくと、ことぶき退社みたいなやつですよね。でも先生は辞めてない。その後、子供が生まれたらしいんですけど、子供が生まれて、夫が出張がかなり多い仕事だったらしくて、ワンオペで子供を育てながら、当時の環境で正社員をやってると。当時の環境って何かっていうと、いろいろ逆風があるわけですね。先生がおっしゃってたのは、まずことぶき退社と、あとは妊娠で退社するっていうのが圧倒的に多いから、その辞めないってこと自体が、なんでいるのっていうような空気感が会社からはあったらしいし。家庭では夫が出張でいないから、ほぼ自分で見ないといけない。そして地元が東京から離れているので、自分の親の支援も得られない。今ほど民間のサービス、ベビーシッターみたいなサービスも充実してないでしょうから、本当にどうにかするしかないっていう。子供が病気した時にどうやって対応してたのかとかまでは聞けなかったですけど。

でも本当に保育園も入れなくて、保育園を作ってくれっていう運動をしたりだとか。会社での風当たりが強いというか、子供がいて働くってことに対して、当時は多分パワハラ無茶振りみたいな世界観だった中で、保育園に迎えに行って帰らないといけないみたいなのを、会社側はあんまりよく持ってないみたいな中で、本当大変だったと思うんですよね。そうこうしてたら今度は子育てサイドも、子供はお母さんが付いてじっくり見ないとちゃんと育たないみたいな、そういうのがあったらしくて。働きながら子育てするっていうのは、子育てをちゃんとしていない、子供がちゃんと育たないよみたいなことを言われるって。だから本当に辛いことだと思うんですよね。会社でも頑張ってもそれが評価されるわけでもなく、周りの女性も仲間じゃないってことですよね。子育てしながら働くとかありえないってことを、女性サイドからも言われる。女性サイドっていうか、あれか、みんなですよね、男性も女性も含めて、なんかそういう風に思ってる人が、ステレオタイプというか、マジョリティがそういう感じで。だから当時、正社員をしながら子育てをするってことが、かなりマイノリティで、すごいいろいろ言われたって言ってましたね。

そこで先生がちょっとぶっ飛んでるなって思うのが、子育てをちゃんとしたいという気持ちから、やっぱり子供を見るということをしっかりと勉強しなければいけないって言って、まさかの通信教育で保育士の資格を取りますね。どういうことなんだって思いますね。ワンオペで育児しながら、当時の正社員ですね。今の、子育てに少しずつ理解がされつつある社会とは別で、子育てするなら働くなみたいな空気の時代に、働きながら子育てもしながら、通信教育で保育士の資格を取るっていう。ピアノも未経験でオルガンを買って、家で1日15分毎日練習するみたいな。試験でピアノを弾かないといけないからね。実際、保育士の資格も取ってるとか、鉄人ですね。

全く参考にならないけど、そこまでしないと生活がね。保育士はちょっとやりすぎとは思いますけど、やりすぎっていうのは、すごいストイックだなと思いますけども。でも、仕事をしながら子育てするっていうだけでも、会社でも風当たりが強い、親戚だとか友達とかからの風当たりも強いっていう中で、それでもやっていったっていうのはすごいですよね。でなんなら、子供3人いますからね。労働組合とかにも掛け合って、女性の待遇ですよね、女性が出世できないのがおかしい、給与体系が低いのがおかしいっていうことで、労働組合とかにも掛け合ったりとかしながら、最後は役職一歩手前まで行ったって言ってました。役職は最後までつかなかったんだけど、その1個手前のところまで行って定年しましたって言って、なんかやりきった感じとかね、なんかすごい人だよなって思いますね。

で、太極拳を始めたのも、私は50とかだからって、子育てがひと段落して、仕事と太極拳って感じでやってきたんでしょうね。その太極拳も、なんか趣味太極拳みたいなレベルじゃなくて、もうちょっとガチだから、もう本当なんかそういう人なんでしょうね。全く参考にならないけど、すごい人なんだなって改めて思いましたね。そしてすごい時代だったんだなって改めて思いました。産休と育休足して2ヶ月しかなかったって言ってましたもんね。産休と育休足して2ヶ月ですよ。もう今の時代からしたらちょっと考えられないですよね。だからやっぱり結局、事実上、退職せざるを得ないような状況に追い込まれる方が多かったんだと思うんですよね。そういった中で定年まで勤め上げて、大したもんだなって思いました。

太極拳でそうやって80代のおばあちゃんたちと喋ってると、昔の体験っていうのを聞けるんで、すごい楽しいですね。イメージとしてやっぱり持ってるわけじゃないですか。昔は仕事って言っても結局、女性に機会が均等に与えられていなかったってこととか、それだけじゃなくて、例えばパワハラ文化、文化とか言うのもちょっとだけど、まあ本当パワハラ気質の労働環境、上司から怒鳴られるのが当たり前の世界みたいな、それが仕事みたいな。そういうのってやっぱり、時間とともに、昔はそうだったんだよみたいな、遠いリアリティのないものになっていくっていうか。だけど目の前の人の実体験として、そういう時代だったんだよって聞くと、やっぱりリアリティを持って、そうだよなって。

それが時間を経て、60年前の話で、何十年という時間をかけて、だいぶ会社も当時に比べればホワイトになってきたなっていう。社会はずっと生きづらい、終わってんなって思うけど、でもちょっとずつちょっとずつ変わってきていて、そこにもちゃんと目は向けないといけないなっていうね。ずっと社会が終わってる、まあ終わってるんだけど、でも、終わってるこの社会の中で諦めずに、ちょっとずつちょっとずつ変わり続けている、それがとても大事なことかなと思うので。腐らずに、ただ社会を嘆くのではなくて、自分にできることはやっていこうと改めて思いますよね。

ついついSNSとかで、社会に大きく影響を与えるような話題にばかり注意が奪われてしまいがちですけど、やっぱり身近なところに問題っていっぱいあるから。そしてその身近なところっていうのは、自分が直接接している場所だから、より影響し得ると思うんですよね。例えば職場で起こっている何か課題であれば、その職場にいるのは自分ですから、職場の外の人間がそれを変えていくっていうのはなかなか難しいけど、当事者であればそこに関与できる。何も革命を起こす必要はないし、大きく変革を起こそうとすると帰り討ちに遭うというか、職場だと粛清にあってしまうみたいなことがありますから。でもほんの一歩、ほんのちょっと変える、自分から動いてみる、そういうことができるのかなと思いますね。家庭でもいいし、職場でもいい、友人関係でもいい、自分の趣味の活動でもいい、個人のSNSの発信とかでもいい。何でもいいんですけど、自分にできる一歩っていうのを、ちゃんと腰を据えてやるというか。取れるリスクは人それぞれ違うと思うから、リスク取ってやってくださいとかは思わないですけど、でも腰を据えて取り組むっていうのは大事なことかなと思いますね。

僕も公園活動を腰を据えて頑張っていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。公園で直接お会いできるっていうのがすごく嬉しいし、メンバーシップに入ってもらって直接経済的に支援していただけるっていうのも本当に嬉しいですけど、それだけがやっぱり全てではないですから。この関与できるレベルみたいなのは人それぞれあると思う。このポッドキャストを毎回最後まで聞いてくれるっていうのも、ポッドキャストのアプリ上では、データで何人聞いてるとか、最後まで聞いてる人が何パーセントいるとかっていうのが出てくるわけで。個人の顔が思い浮かばないのがちょっと残念ではあるんですけど、直接お会いしたい人以外は個人を認識することができないんですけど、最後まで聞いてくれてる人がこんだけいるんだなみたいなことが、やっぱり公園活動と連動してやってますんで、その公園活動を続けていく励みにもなっているっていう。

だからポッドキャストを再生すること自体も、支援になっているといえば支援になっているわけですよね。頑張ろうと思えるっていう。何気ないことですよね、ポッドキャストを再生したということが。その誰かを応援しているつもりじゃなかったとしても、本人はそうやって最後まで聞いてくれてる人がいる、頑張って更新しようみたいなモチベーションだったりもする。だからそういうことの連続な気がするんですよね。できる範囲のことをできる範囲でやっていけば、それがその対象に影響するっていう。だから職場でも、家庭でも、友人関係でも、聴いてるポッドキャストの番組でも、応援してるアーティストでも、なんでもいいんですけど、自分ができる一歩、ゆるやかでもいいから、腰を据えて関与し続けるってことは、次の時代を作っていくんじゃないかなと思いますので。一人一人が自分の持ち場でやっていくっていうのは大事なことなんだなって思いました。

なんかそんなことを、フィリピンパブで80代のおばあちゃんたちと喋って感じたという時代でございます。本日は以上です。公園活動を応援してくださる方は、是非メンバーシップ、存在としての公園にご登録頂けると嬉しいです。それではまた。ご安全に。ご視聴ありがとうございました。