存在としての公園 第69回

融合する思考

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概要

半年ぶりの福岡、天神中央公園には人がいない。飛行機で読み返した『ファスト&スロー』をきっかけに、AI時代の考えるとはどういうことかを考えてみた。


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機械文字起こしをもとに、内容を変えずに読みやすく整えたものです。

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7月27日月曜日、14時19分。昼下がりでございます。今ね、福岡の天神中央公園から今日はお送りしています。街のど真ん中、福岡市中央区天神一丁目一番地にある公園ですね。公園というか、遊具とかはないんですけど、芝生がある。そして誰もいない。芝生の周辺に、芝生がくるっとあって円になってるんですけど、その端っこにベンチやテーブルとかがあって、そこにちらほら人がいますけども、芝生には誰もいません。

というのも、今日は36度ですね。東京の芝生公園とかだと、こういう気温でも人がいるんですけど、もともと福岡の公園ってそんなに人がいないですよね。公園そんな好きじゃないんですかね。すごく街のど真ん中にも関わらず、静かなロゴでございます。

普段僕のポッドキャストを聴いてくださってる方とかは、その背景の音ですね、代々木公園で収録してることが多いですけど、背景で人の声がしたり、結構物音がしたりっていう、人影を感じると思うんですけど、今どうですかね、全くそういう感じしないですよね。実際静かでございます。ちょっと遠めにセミの声、そしてビルの向こうの走る車の音、ちょっと今風が強くて風の音、そんなとこですかね。

今回の福岡は6ヶ月ぶり、年始1月に帰ってきたぶりに帰ってきたんですけれども。9月に東京に引っ越して、引っ越したはいいものの、12月に仕事で福岡に帰ってこないといけなかったり、1月に仕事で福岡に帰ってこないといけなかったりっていう感じで。9月に上京したけど12月、1月と帰ってきたりしたから、いまいち東京に引っ越してきた感覚っていうのが持てないまま福岡に帰ってくるっていうのが、年始にかけて発生してたんですよね。

東京に移住する前の最後の1年間ぐらいは、東京移住を検討かねて、毎月1週間ぐらい東京に出張に行くっていうのをやってました。なので、壮大なならし保育をした末の東京生活って感じですよね。毎月、福岡4分の3、4分の1東京みたいなのをずっとやってて、9月からは東京10になるんだけど、また福岡にすぐ帰ってくるみたいなことをしてたっていう感じですね。

っていうのがあったんで、あんまり頻度高く福岡に帰ってきちゃうと、いまいち新しい生活が始まったなっていう感覚になれないなってのがあって。東京にいるっていうのを半年ぐらいやってみたんですけれども、半年ぶりに福岡に来てみて、何か新鮮さを感じるかなと思ったんですが、特にないですね。強いて言うなら、この公園に来て、天神中央公園に来て、公園に人がいないなっていう。前と大筋の感想としては変わらないんですけど、体感としては、本当に人がいないなっていう感じ。こんなに公園盛り上がってないんだっていうのにびっくりしてますね。代々木公園慣れしすぎてるというか。

東京の中でも、代々木公園とか新宿中央公園とか、盛り上がってる公園があるんですよね。イベントがあって人が集まってるとかじゃなくて、何でもない日なのに人がそこにいて、モロッコして遊んだり、レジャーシート敷いて昼寝したり、ピクニックしたりって感じで、それぞれがそれぞれに自分のペースで楽しんでいる。まさにみんな自然と公園してるっていう感じなんですけど、今福岡で公園してるなって感じの人が全然見当たらないのが、ちょっと寂しい気持ちがあります。

あとはあれですかね、天神地下街歩いてても、店が入れ替わってるとかはあるけど、別にそんなに新鮮な買い物するわけでもないから、そんなに新鮮さもなく。いつも行ってたあの店がなくなったみたいな寂しさもなく、なんとなく、あの店じゃないか、店の並びが変わってんな、顔ぶれが変わってんなぐらいの感じで通り過ぎて。

地上に出てきて、ちょっとだけ変化を感じたのが天神ビッグバンって言って、大きいビルをど真ん中で建て替えまくってるんですよね。福岡市役所の裏にこの天神中央公園ってあるんですけど、福岡市役所の隣にある、これもともとなんだっけ、イムズ、もともとイムズだったかな、もともとあったビルが建て替わってるので、ずっと工事中だったんですけど、それが出来上がってますね。天神ビジネスセンター2っていう名前が書いてありましたけど、まだ開業はしてないみたいですけど、一応工事が完了してるみたいで、人のいない静かな、でも綺麗なビルが出来上がってて。

次帰ってくる時には、そこのビルの中にもなんか色々入って、また賑やかになっていくんだろうなと思うんですけど。もう数年すると大きくそういったビル群が全部完成して中もできて、もっともっと人が増えていって、あらなんか福岡人が増えたねみたいな感じになるのかな。そして天神中央公園も、あらなんか公園する人が増えたなみたいな感じになっていくのかな、なんてことを想像したりしますが、今のところ特に感動はそんなにないという感じでございます。

今回福岡に帰ってきたのは、これも仕事ですね。福岡でやっているビッグトゥリーというね、ポッドキャスト討論カフェの方がもしかしたらポッドキャストを聴いてくださっている方にはなじみがあるかもしれませんけど、僕が出演している討論カフェというポッドキャストをやっている大元の、株式会社ビッグトゥリーという、子供たちを対象にしたディスカッションの教室ですね。教室運営をしたり、企業向けにコミュニケーション、ディスカッション、価値観の交換をするような研修とかワークショップをやる会社です。

その会社の、今半年経ったんで、半期の経営ミーティング、経営合宿ですね、一泊二日で。明日から志賀島という、海の、金印、ヒミコの金印ですよね、金印が見つかったあの志賀島で合宿をするという、それが一番の目的で帰ってきています。

せっかく帰ってきてるんで、ちょっとだけ滞在を伸ばして、週末、現象の晩餐会の福岡編を開催してみたりだとか。21世紀の食いしん坊というね、ポッドキャストを幼馴染とやってますけど、福岡の、フォーカーで歩いている場所に、その幼いササヤンがいますんで、この帰ってきたタイミングでササヤンと一緒にちょっとお出かけをして、ポッドキャストを収録するなどをしつつ。平日は仕事をしたり、夜は福岡の友人に会ったりというような感じで、結構忙しく時間を過ごす感じになりそうです。

そんな福岡遠征に、ちょうど今、福岡到着して最初に立ち寄ったのが天神中央公園というところでございます。行きがけの飛行機で本でも読もうかなと思って、なんとなく、別に準備してたわけじゃないんですけど、Kindleでバーってスクロールしながら、これ久しぶりに読んでみたいなと思ったのが、ダニエル・カーネマンのファスト&スローっていうね、早い思考と遅い思考の本。もっといろいろあるんですけど、バイアスがどんどんこうのとか、いろんなことが書かれてる本なんですけど。

ずいぶん前に読んで、もうほんと、ずいぶん前に一回読んだっきりで、結局何が書いてあったかっていうのをほとんど何も覚えていないということで、久しぶりに読んでみたいなと、思考についてね、思考したいなと思ってたんで、ちょっと読んでみました。僕読むの遅いのと、飛行機ではすぐ眠くなっちゃうんで、ちょっと読んで寝たりっていうのを繰り返して、結局2、3章ぐらいまでしかまだいってないんですけど。何十章かあるっていうのを読んでて、ちょっとそんなこと書いてあったよなみたいな感じでした。

中核概念として、人間の思考には2種類のモードがあるよねと。一つはシステム1とシステム2みたいな感じでこの本の中で言われてるんですけど、システム1が早い思考、システム2が遅い思考ということで。この早い思考っていうのが、結構自動的、直感的、ほぼ常に働いている思考ですよね。自分が努力して考えようとしなくても、ほぼ無意識に作動している思考。これ結構感情に基づいて動いてて、瞬時に判断していくみたいな感じ。常に働いている早い思考、薄い思考って感じですかね。

本の序盤に書いてあった例で言うと、2+2は?みたいな、4ですよねっていう、この直感的にすぐ答えられる、即答できるような、深く考えなくても答えられるようなやつとか。写真を見てこの人の顔が怒ってるみたいなことが直感的に分かるとか。車の運転、広い道でそんなに注意が必要なさそうな安全な道で車を運転しているときとか。あとは大きい音がしたときに、どの方向から音が鳴ってるかみたいなことで瞬時に振り向くとか。そういうときに働いている思考が早い思考だそうですね。

一方、遅い思考っていうのは、すごく意識的に考える、論理的に考える、分析的に考えるみたいなやつ。集中力を使う、すごい労力を必要とする。イメージする「考える」ってこっちですよね。考えるってわざわざ言うときって大体システム2のことを言ってるのかなと、日常の用途では思いますけど。例えば17×24みたいな、ちょっと暗算でパッと出てこないときとか、なんかすごい難しい書類を書く、税務書類に記入しないといけないっていうときに、さらさらと書けないですよね、みたいな。ちょっと難しいことをするときに使う思考みたいな感じ。

このシステム1早い思考、システム2遅い思考との関係がどうなってるかっていうと、その早い思考っていうのは常に稼働していると。生活を送る分にはほとんどこのシステム1の思考で事足りてしまう。ちょっと判断が必要でも、一旦システム1が考えたことをシステム2にあげると。システム2は監視役として働いてて、基本働かない怠け者なんだけども、ちょっとシステム1の要請で、考えてっていうときに、よし考えるかって考えるみたいな。普段あんまり働いてない思考であると。

基本この2つの思考があるよねって話と、人間そのシステム1で考えててもすごいバイアスまみれだから気をつけてね、こんなバイアスあるよこんなバイアスあるよみたいな、そんな本かなと思うんですけれども。別にこの本の紹介をしたくて今喋ってるわけじゃなくて。2、3章を読んで、なんでこの本を読みたかったんだっけってことがなんとなく分かったというか。無意識レベルでこう思ってた疑問が、そうそうっていう、何を考えたかったのかがちょっとクリアになったというか。

今僕は、かなりAIを使った生活をしてて、仕事にAIを使うとか。すごい単純なところで言うと、メールの返信をAIに考えてもらおうとか、議事録をAIに書いてもらおうとか、長文が来て読むのめんどくさいときにAIに要約してもらおうとか。そういう道具としてAIを使うっていう話は、今結構みんなイメージしてる人が多いのかなと思うんですよね。仕事でAIを使うみたいなときにね。

でももう、僕はというか、Claude Codeをコーディングだけじゃなくて仕事の中に組み込んでいる人っていうのは、少なからずいるのかなと思うんですけど。そういう人はおそらく、もう作業を振るみたいな話だけじゃなくなってきてるんじゃないかなと思うんですよね。どういうことかっていうと、かなり混ざってる。AIともうちょっと一緒に仕事してる感じっていうのがすごくあるんですよね。

だからこの作業をAIに任せましたみたいな、パキッと分かれてる部類のものもあるんですけど。例えばポッドキャスト、僕が喋った朝の朝礼ですよね、朝礼で喋った音声から文字起こしを作って、そこからショート動画にした方が良さそうな部分を、このここの塊をショート動画にしたらいいんじゃないかみたいなことを考えて提案してくれみたいなことを自動化、自動化っていうかスキル化してるんですよね。そういうのは本当に作業を切り出してAIにしてもらってるっていう感じなんで、そういったことはたくさんあるんですが。

一方で、判断を要するみたいなときにも、結構AIと一緒に考えるみたいなことをするとか。あとは、あらかじめ解くべき問いを僕が考えて、その問いを投げて問題を解くことをさせるみたいな、そんなシンプルでもなくなってきている。人間がAIに指示を出すみたいな、そういうシンプルなものでもなくなってきているなっていうのを感じてるんですよね。

なんかこれ違和感だなみたいな、いまいち言葉になってない、綺麗な問いになってないもの、違和感みたいなものを、違和感のまんまAIにぶつけて、その違和感が何なのかってことを一緒に整理するみたいな。そうすると、それがそのまま答えに行き着くものもあるんですけど、結構深いやつとかだと、次の問いに、大きな問いになっていくみたいなことがあると。そしてその問いを、その問いでいくのか、問いを磨くみたいなことを人間側でやるというか、AIと一緒にやるんだけども、問いを確定させるってことを人間が、僕がするわけですよね、AIといろいろ喋りながら。

だからこの過程そのものが、まず、人間がシステム1、違和感みたいなものがシステム2、よし考えろみたいな、そういうシンプルなものじゃなくなってきている。システム1、なんか違和感がある、でここからシステム2に消化する過程ですでに、AIに挟まってもらって問いの精度を上げていくってことをしている気がする。本来AIがない頃は、問いが出てきたら自分でそこから、仮説を立てて調査してみたいなことを全部自分でやる、もしくはお金をかけて他の誰かにやってもらうってことをするわけですよね。

でもそこがほぼコストなく、AIの利用量だけで問いを磨いて、問いを確定させた後は、そこから一緒に仮説を立てていく。そして調査とかその辺は丸投げして、一旦最初の初期調査みたいなものは丸投げして、みたいな感じで。結構、調査したり、調査した結果を分析させたりとかっていう中間の工程っていうのを、結構AIが代替してくれてるなっていう感じがある。情報収集して、その情報を整理したり比較したりして、改めてちゃんと仮説を立てたりですね。

その仮説を立てるのも、どういう仮説が立ちそうかをAIと一緒に考えるとか、AIに提案させるとかいうこともできますよね。そこから選ぶっていうのでもいいし、AIが出した仮説からインスピレーションを得て仮説を立てるみたいな感じで。とにかくゼロイチで考えなくてよくなってきたというか、そんな感じになってる。で、この仮説を反証するようなものってなんかないんだっけみたいなことを、また調べてもらったり、もしくはAIと対話しながらそこを探索したりすると、その対話を通じていろいろ構造化できるよねみたいな話っていうのは、かなりAIに比重が寄っている。

丸投げしてるわけではないんだけども、でも大部分をAIが手と頭を動かして、基本的には判断をしている感じになってるなと思うんですよね。最終的に、その構造というか、出来上がったものを吟味するとか、そこに意味付けするとか、価値判断するとか、その結果に責任を持つみたいなことを引き受けるみたいなことを、人間がやっていくということかなと思うと。結構このシステムに大事だよねみたいな話から、かなり解像度を上げて考えないといけなくなってきたな。

そのAIに頼れる部分が増えてきたので、どこを任せる、どこを任せないかみたいなこともそうだし、うまく連携するっていうこともそうですよね。単純に、自分のターン、AIのターンみたいなことばかりじゃないというか、AIと一緒に探索するターンがあったり、自分が決めないといけないターンがあったり、AIに任せるターンがあったりとか、結構複雑な連携が必要になってきてるなって思うんですよね。この連携って思考をするってことですよね。

今までそれを、一人とか、プロジェクトチームとかでやってたことを、AIを使って結構スムーズに一人でできるようになってきてると思うんですよね。だからこのシステム2の思考、遅い思考を使うっていうのは、すごく知的な体力とか、そもそも知識量とか、かなり知のアスリートじゃないとできなかった部分だったのかなと思ってるんですけど。それがAIによって本当に、思考を融合させるというか、思考を拡張するというかしながらやっていけるようになったんで、必ずしも知のアスリートじゃなくても深く考えることができるようになってきたなぁと思うんですよね。

これが、深く考えたい人なんてほんの一握りですよっていうことなのか、それとも今みんながスマホを持ってるみたいに、多くの人が手にするものなのかというのを、AIと話し合ったんですけど、おそらくスマホ寄りだろうという結論に至りました。やっぱり、どれくらい深く考えたいかはさておき、必要とする深さは人によると思うんですけど。とはいえ、自分一人で考えられる、判断できる範囲を拡張したいとか、精度を上げたいと思うのは、すごく自然なことだと思うので。

AIを使って、自分の判断が、その勢い任せでいろんなものを見落として、バイアスまみれで危険な、その見落とした上で危険な判断をしてないかみたいなことを、チェックしてくれるというか、サポートしてくれる存在として機能し始めるんじゃないかなって思ってます。それが今年中にとはさすがに思えませんけど、数年もすれば、いつの間にかみんな当たり前にAIと喋っているみたいな世界。

『her』っていうね、サブタイトル忘れたけど、AI彼女みたいなのを描いた、AIと信頼関係が芽生えてしまって、人間側にね、AIに恋をするっていう、そういう映画なんですけど。そういう世界がすでに半分来てる。ChatGPTと結婚した人とか、ChatGPTと付き合ってますみたいな人がいるっていう話は、ちょくちょく記事とかで見たりするんで、すでにその世界に片足突っ込んでるんですけども。

なんかそんなのちょっとイレギュラーだよねっていう話じゃなくて、結構日常的にAIと信頼関係を結んで、AIとコミュニケーションしながら、自分の意思決定を補佐してもらうとか、秘書のようにいろんな雑用をしてもらうとかっていうのが当たり前になっていくんだろうなって思ったりしますね。だから生活の一部になってくるっていうことを改めて思うし。

それはなんか便利だからっていう、道具としてっていう観点よりは。今回ファスト&スローを読み始めてちょっと思ったことなんですが、本来その人間一人で考えようとすると、無意識で働いてる直感的な思考と、熟考するっていう、この2タイプしかないよねみたいな。それを改めて読んで、すごい脆弱だなと思ったんですよね。だからこそ第三者がいて、友達に相談したいとか専門家に相談したいってことは必要だったと思うんですけど。

でもなかなか専門家に相談するとか、友達に相談するみたいなことも、ハードルが高いわけじゃないですか。専門家に相談しようと思えばお金がかかるし、友達に相談しようと思えば、わざわざこんなことのために時間を抑えてもらっていいものかとかっていう感じで。結構その常日頃、人と一緒にいるわけでもない人は、なかなか人に相談するっていうのも難しいですよね。そういう中で、自分の速い思考と遅い思考、自分の中のその2タイプの思考で乗り切っていくにはあまりにも脆弱であると。

その時にこのAIがいてくれて、今判断に迷っていることとかを一緒に検討してくれるみたいな、そういうパートナーになってくるんじゃないかなって思ってるんで。まあそこまで行くと、やっぱりもうなくてはならない存在になっていくかなっていうとこですよね。思考をより強くしてくれる道具というか、本当にそういう、道具ですらない感じがあるんですね。なんか融合する感じっていうのはある。その感覚を一度覚えてしまうと、手放せなくなってくるんじゃないかなと思うんで。

あとAI使うとね、頭が悪くなるみたいな話ありますけど、確かに頭は悪くなるんだと思うんですよ。自分の思考で全部乗り越えようとすると、そこでつく思考の体力だったりとか、思考の筋肉みたいなのってあると思うから、自分の頭で考えるって大事だと思うんですけど。でもこれも、産業革命で肉体労働、人間が体を使ってたことを機械がやるようになったみたいなのと近いかなっていう。人間が筋肉がムキムキになって体も強いみたいな話だけど、機械でできるようになったら別に機械でやればよくないみたいなこと。

それで確かに、デスクワーク中心になって筋肉がなくなっていくってことがあるかもしれないけども、それ以上にできることが増えていくみたいなこともあるかなとも思うんで。もちろんバランスだと思いますけど、バカになるからAIを使わないんじゃなくて、AIを使ってもっと賢くなれば別に良くないとも僕は思うというか。あとはそのAIが出してきたものを、思考を拡張する、融合していくみたいなところじゃなくて、AIが出してきたものを答えとして受け取るみたいなのは、確かにもう相当バカになるというか、危なすぎるんですけど。そういう人もいるのかな、それは避けたほうがいいかなと思うんですが。

あくまで自分が問いを確定する主体であるということ。もしその問いから最後出てきた結果みたいなものを価値判断するとか、結果をちゃんと自分で引き受けて、責任を引き受けられるかっていう、そこは自分が追うようにしないと。これAIが出してきたことなんで、っていうのは通用しないんですよね。AIと考えたんですけどって事実だから、AIと考えたっていいと思うし、僕もそういう言い方はしてますけど。これAIが考えたんで、僕が考えたことじゃないんですけどみたいな感じで言っちゃうと、だからもうお前は喋るなってことになってくるというか。それはもう、あなたが何で伝えてるんですかみたいな話になってくるんで。

そのAIが出してきたことを踏まえて、最終的にそれを承認するというか、承認の印鑑を押すのは自分ですから、ちゃんとその結果を引き受けて、自分が良しとした意見であるとか、自分が良しとした判断であるということを、ちゃんと責任を負うなどはしないといけないかなと思います。なので、あくまでそのAIと融合しながらやっていくってことの重要性みたいなのを感じたっていう話ですね。

あともう一つ、システム1、早い思考っていうのは2種類あると。一つはもう過去の経験から、なんとなくの経験から導き出されたバイアスまみれの、ただの偏見みたいなものと。もう一つはその、専門的な、技術的専門的なものを、経験を積み重ねることで得た職人みたいな感覚ですよね。言語化されてないんだけども、こっちの方が良いって分かるみたいな。そういう専門的職人的な意味でのシステム1、早い思考みたいなのは、やっぱり鍛えていかないと。

それはやっぱりその違和感のセンサーみたいなものですから、その違和感のセンサーを研ぎ澄ましていくみたいなことは、AIにできないところというか、人間が担った方が当面、そのフィジカルAIがスーパー進化するみたいなところまでの間は、少なくとも人間がそこの違和感みたいなことを、自分の体というインターフェースを通じて感じていくということをしていく必要があるかなと思うので。またシステム1の、特に専門的な、技術的専門的職人的な直感みたいなものは、結構重要になってくるなと思ったんで。

そういった意味での身体性、この身体五感を通じてこの世界と接して、世界をよく見てよく感じて、違和感みたいなものにある程度敏感になれるような。全部に対して違和感を感じているとただ生きづらいだけですけども、自分の専門領域においてはセンサーを研ぎ澄ませまくって、警察犬じゃないですけど、すごい鼻が利くみたいな。自分の得意領域に関しては体を使ってセンサーを磨いていくってことも重要なのかなと思ったりした次第でございます。

最近こういう考えたことを喋るってことをやってなかった気がしますね。初期の頃の僕のポッドキャストで、割とこんなことを考えたみたいなのを話すことが多かった気がするんですけど、最近はそれこそシステム1じゃないですけど、その瞬間に出てきたものをただただ半分無意識で喋るみたいなことを、割とこのポッドキャストではやってきたかなと思うんですけども。ちょっとずつ、前回お話しした通り、もっとこの世のいろんなことに言及していく。今日は人の話じゃなかったですけど、思考についてとか今後の社会で、特にAIという観点から、この社会がどう動いていくのかという意味で、思考をどうやっていくのがこれからのスタンダードになっていくんだっけみたいなことを、自分なりの考えを話してみました。

こんな感じでどんどん、意見を、考えたことをシェアしていきたいなと思います。全然違う意見とかあったら、自分はこんな風に考えたとか、そういう考えを是非コメントで聞かせていただけると、読みますんで嬉しいんですけど。そこに返信してチャットで議論するとかってことはあんまり、僕はチャットでの議論を推奨しない派なので、公園に来てね、その話ちょっとこう思ったんで是非話しましょうとかでもいいし。是非、会った時にお話できたら嬉しいですし、コメントとかでこんなこと思ったよとか、こんな風に考えたよとかっていうのも、すごい楽しく読ませていただきますんで、よかったら是非コメント等いただけると嬉しいです。

暑いです。というわけで、本日は以上です。公園活動を応援してくださる方は、メンバーシップ「存在としての公園」にご登録いただけると嬉しいです。また番組の中で、こんなことを考えて欲しいとか、こういう悩みがあるんだけどどう思いますかとか、質問やお悩み相談にもお答えしていきたいと思ってますので、概要欄のフォームからお便りいただけますと幸いです。それではまた、ご安全に。ご視聴ありがとうございました。